第7話【問題用務員と従僕契約】
「あのぉ、空気読めない発言だってのは分かってんだけどねぇ」
「そろそろ出ていいかな!!」
「おねーさんたち、デバガメするつもりは毛頭ないんだけどネ♪ そこでイチャイチャされちゃうと出るに出られないのヨ♪」
「お前らもいたのかよ!?」
流していた涙が引っ込んだ瞬間だった。
廊下の曲がり角からひょっこり顔を覗かせるエドワード、ハルア、アイゼルネが何やら非常に気まずそうな表情を浮かべている。
まあ気持ちは分からないでもない。上司の秘密が暴かれ、追いかけてみたら恋人と廊下のど真ん中でイチャイチャ中である。これはさすがに割り込めなかった。
濡れた青い瞳を手の甲で乱暴に拭うユフィーリアは、
「何でお前らまで追いかけてきてんだよ」
「そりゃねぇ、ユーリが脇腹を刺されれば心配ぐらいはするよねぇ」
廊下の曲がり角から出てきたエドワードは、大股でユフィーリアに歩み寄る。
「で、ユーリぃ。何か言うことはぁ?」
「イダダダダダダダダダダ何でいきなり出会い頭に顔を握り潰そうとしてくるんだよこの筋肉ダルマはよォ!!」
「今まで俺ちゃんたちにデッカい秘密を抱えていたからでしょうがよぉ」
唐突にエドワードの巨大な手のひらで顔面を掴まれ、5本の指で容赦なく握り潰そうとしてくる無慈悲な部下にユフィーリアは悲鳴を上げた。
いや別に秘密にしようという意思はなかった。ただ、言うのが面倒臭かっただけである。これも喋らないように言い渡された第七席【世界終焉】としての弊害か。
ユフィーリアはエドワードの手のひらを無理やり引き剥がすと、
「上司に暴力を振るうとか何考えてんだよ、この部下たちはよォ」
「深刻な悩みを部下に相談しないで抱え込んじゃうユーリが悪いんじゃんねぇ。ハルちゃん、ユーリにキクガさん直伝の卍固め」
「止めろハルの締め技は手加減できねえから本気で保健室送りになる!?」
エドワードに命令されて「ッしゃー!!」と気合十分に卍固めへ挑戦しようと企むハルアだったが、ユフィーリアから本気で拒否されてしょんぼりと肩を落としていた。そんなに卍固めがしたかったのか。
「全くねぇ、ユーリが第七席【世界終焉】だったなんてねぇ。そりゃ星の数ほどある魔法を自由自在に扱うぐらいだからぁ、凄い魔女だとは思っていたけどぉ」
「それならおねーさんたちにも言ってほしかったワ♪ そうすれば多少のお仕事だって手伝えたじゃなイ♪」
「殺すのは得意だよ!!」
予想通りの答えが返ってきて、ユフィーリアは頭を抱えた。
第七席【世界終焉】の責務は世界から不必要の烙印を押された人物・文化・国・自然等を終わりに導き、この世界から永遠に排除することだ。今まで終焉に導いた人物はちょうど100人であり、その100人分の呪詛がユフィーリアの両肩に重くのしかかっている。
その半分を恋人のショウに背負ってもらったとして、付き合いが長いエドワードたち3人が黙っている訳がなかった。こんな呪いなど他に背負わせられるか。
――というユフィーリアの考えなどお見通しなのか、エドワードが「あのねぇ」と呆れた口調で言ってくる。
「ユーリぃ、忘れちゃ嫌だよぉ」
「何がだよ」
「ユーリの背負う【世界終焉】の呪いってものよりもねぇ、俺ちゃんたちはずっと酷い目に遭ってきたんだよぉ。100人分の呪詛なんか目じゃないからねぇ」
エドワードは「だからねぇ」と続け、
「こういう重たいのはぁ、全員で背負った方が軽いんだよぉ。俺ちゃんたちは悪いことも進んでやる問題児でしょぉ?」
「全員で背負えば怖くないってね!!」
「恋人同士で揃って共倒れなんて笑えないワ♪」
どうやら、付き合いの長い3人も思った以上に精神が強かったようだ。
強くあり、それでいて頑固である。ユフィーリアが断れば「ショウちゃんはよくて俺ちゃんたちがダメな理由を納得できるまで説明してねぇ」とキクガ直伝のアイアンクローで拷問される。そんな未来が簡単に想像できた。
ユフィーリアは「仕方ねえなァ」と肩を竦め、
「分かった分かった、お前らにも付き合ってもらおうか」
「やったぁ、誰殺すのぉ?」
「誰殺す!?」
「殺す子はだぁレ♪」
「お前ら、第七席は凄腕の殺し屋じゃねえからな!?」
何を履き違えているのか不明だが、第七席【世界終焉】の仕事が死体を残さない凄腕の殺し屋に認識されているのが不本意だった。やはり背負わせるのは少し早かっただろうか。
何かもう一気に身体が軽くなったような気がした。まさか七魔法王の事情がすでに問題児としてのノリに飲み込まれつつあり、常日頃から感じている騒がしさが戻ってくる。
もしかしたら、ユフィーリアに必要なものはこの空気だったのかもしれない。これほど賑やかならば、もうユフィーリアが呪いで押し潰されることもなさそうだ。
その時である。
「君たちのやり取りには感動したよ!!」
「げ」
やけに感激したような口振りで、学院長のグローリア・イーストエンドが廊下の奥からやってくる。
彼が妙に爽やかな笑みを浮かべ、さらには拍手まで送ってくる始末だ。経験上、グローリアがあんな雰囲気でいる場合は大体よからぬことが待ち受けているのである。
第七席【世界終焉】の責務も、サカマキ・イザヨイを終焉に導いたことで終わった。あとはまた世界から不必要の烙印を押された人間が出てくれば、ユフィーリアの出番が到来する。それまで悠々自適の問題児生活に戻れるかと思ったのに。
警戒した雰囲気のユフィーリアに、グローリアが「そんなに睨まないでよ」と言う。
「僕は君たちの信頼関係に感動したんだ。よかったじゃないか、ユフィーリア。君はいつも第七席【世界終焉】の仕事を辛気臭い顔で取り組んでいるんだから、仲間が増えて手伝ってもらえるね」
「何が言いたいんだよ、お前」
「え、僕はただ当たり前のことを言いにきただけだよ?」
グローリアは不思議そうに首を傾げると、
「【世界終焉】の仕事内容を唯一覚えているショウ君は、ユフィーリアと寿命が違うからあと80年ぐらい経ったら死んじゃうかな。魔女にとって80年って意外と短いからね、あっという間だね」
さらに、グローリアは言葉を続ける。
「寿命の件を合格しているのはエドワード君たちだけど、彼らはユフィーリアの終焉が適用されてしまう。たとえユフィーリアの仕事を手伝ったとしても、最終的には覚えていないから『え、誰それ?』みたいな感じになるね」
グローリアは満面の笑みで「わあ、意味がないね!!」などと辛辣な言葉で締め括った。
彼の言葉は正しい。ユフィーリアの終焉が唯一適用されないショウは、寿命が一般的な人間と同じである。あと80年か90年もすれば冥府へ強制的に連行されるのだ。ユフィーリアの第七席【世界終焉】としての仕事は滅多にあるものではないので、手伝うなど意味がない。
かと言って、寿命の点を合格に達しているエドワードたち3人はユフィーリアの終焉が適用されてしまい、終わりへ導いた人物などの記憶が頭の中からすっぽり抜けてしまう。こちらも同様に仕事を手伝う意味がない。
ショウも、エドワードたち3人も、グローリアの正論にはぐうの音も出なかった。よく考えれば意味などないことは理解できるのだ。
「そこで、君たちの友情とか愛情とか信頼関係に感動した僕が提案しよう」
グローリアはポンと手を叩いて微笑むと、
「君たち、魔女の従僕契約を結ばない?」
「従僕契約?」
「ちょ、おまッ、グローリア止めろ!!」
「ユフィーリア、君は黙ってようね」
首を傾げるショウをよそにユフィーリアがその提案だけは止めるように要求するが、悪魔の学院長はその要求を突っぱねる。
「従僕契約っていうのは、いわゆる魔女の僕になることで寿命を主人である魔女と同期するのさ。魔女は子供が出来ないから、その対策なんだけどね」
「へえ、それはいい契約だねぇ」
「しかも色々なものが同期できたりするから、エドワード君たちも終焉は適用されないし、ショウ君はずっとユフィーリアと一緒にいられるね。これで彼女の呪いとやらも背負えるよ」
最悪の展開である。
何が何でもユフィーリアの呪いを背負うと聞かない頑固者どもは、絶対にこの提案を呑むに決まっている。そうなれ辛いのはユフィーリアだ。
いやもうこの際【世界終焉】の呪いに関しては、その意思があるならユフィーリアは止めない。こうなったら最期まで付き合わせてやる所存だが、問題は契約方法だ。
「いいねぇ、これならユーリの第七席の仕事も手伝えるねぇ」
「やったねユーリ、人手が増えるよ!!」
「学院長にしては素敵な提案ネ♪」
「ユフィーリアとずっと一緒……」
「…………」
キラッキラと期待に満ちた視線を寄越してくるエドワード、ハルア、アイゼルネ、ショウから視線を逸らしたユフィーリアは、
「い、嫌だ」
「「「「え?」」」」
「従僕契約は結びたくない」
ユフィーリアは首を横に振って、契約を拒否した。
「何でぇ!? いい提案じゃんねぇ!!」
「ユーリはオレたちと一緒にいたくないの!?」
「また1人で背追い込むつもりなのかしラ♪」
「ユフィーリア……?」
従僕契約を結びたくないと拒否するユフィーリアに全員揃って詰め寄ってくるが、
「ああ、多分ユフィーリアは契約そのものを結ぶことは拒否してないよ」
「じゃあ何でこんなに拒否するんですか」
「そりゃあ、この従僕契約を結ぶ方法が魔法薬を飲むことだからね」
そう、それが原因だ。
ただでさえ苦手な魔法薬なのに、それを飲まなければならないのだ。しかも従僕契約に使われる魔法薬はとんでもなく不味いと聞く。
グローリアは他人事のように笑うと、
「それも契約者ごとに飲まなきゃいけないから、全員と従僕契約を結ぶなら4回も飲まないといけないね」
ユフィーリアはそっと視線を逸らした。
もうこの際逃げられないだろうから、従僕契約を結ぶことも吝かではない。第七席【世界終焉】の呪いを背負う件に関しても、開き直ってしまえばどうということはなかった。
ただ、魔法薬を飲むことだけは嫌だ。本気で嫌だ。しかも不味いと噂のある従僕契約専用の魔法薬を4度も飲む必要があるなんて地獄である。
「ユフィーリア」
「ショウ坊……」
ポンと朗らかな笑みで肩を叩く最愛の恋人たるショウに、ユフィーリアは希望に満ちた眼差しを送る。「従僕契約などなくても心は繋がっている」ぐらい言ってくれると期待した。
「飲め」
「ショウ坊?」
「俺たちの為に飲んでくれ」
朗らかな笑顔で突き放してきた。
この世には神も仏もいやしねえ。
ユフィーリアはじわりと青い瞳に涙を浮かべると、
「絶対に嫌だ!!!!」
「俺が口移しをしてやるから」
「嫌だ!!!!」
頑なに魔法薬の飲用を拒否するユフィーリアは、
「そうだグローリア、アタシは闘技場に戻らなきゃいけねえからそういうことで!!」
「あ、それなら大丈夫だよ」
決勝戦に出場したイザヨイは終焉に導かれてこの世界から退場し、残すところはユフィーリアだけだ。優勝者として閉幕式に参加すれば従僕契約も遅れる、そうすれば魔法薬を飲む覚悟だけは用意できるかもしれない。
あわよくば逃げたかったのだが、何が「大丈夫」なのだろうか。どの辺りで大丈夫と言っているのか。
グローリアは親指を立てると、
「ショウ君とのやり取りを僕が魔法で中継しておいたから」
「え」
「今頃、閉幕式をやってるんじゃないのかな。いやー、情熱的なキスだったね」
感慨深げに頷くグローリア。
つまり、今までのやり取りは全校生徒・全教職員に晒されたという訳で。
当初の目的は果たせたかもしれないが、それと同時にユフィーリアが情けなく泣いたところも暴かれたちゃった訳で。
ユフィーリアは天井を振り仰ぎ、
「最悪だ……」
「ざまあみろ」
「グローリア、覚えておけよお前」
指を差して笑い飛ばしてくるグローリアを睨みつけ、ユフィーリアは無慈悲な学院長に復讐を誓うのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】魔法薬を飲まなければ従僕契約を結んでもいいけど、魔法薬がひたすら嫌だからあの手この手で従僕契約を回避しようとする狡賢い魔女。
【エドワード】従僕契約を結んでもいいでしょぉ。別に何か悪いことがある訳でもないしぃ。でも身体の一部を捧げなければならないという事態になっても捧げるけどぉ。
【ハルア】従僕契約? 結べるなら結びたいしていうか結ぼう!!
【アイゼルネ】長いこと付き合っているんだもの、今更逃がすなんて選択肢はないワ♪
【ショウ】ユフィーリアとずっと一緒にいられるなら彼女の敵にも多分なれる。でも嫌われるのは嫌だ、嫌われるのは嫌だ。
【グローリア】いつもは余裕な様子のユフィーリアが慌てふためいている様が面白い。




