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第6話【問題用務員と強い彼】

 疲れた。



「…………」



 もう、疲れた。



「はあー……」



 ユフィーリアは夜空を見上げ、張り詰めていた息を吐き出す。


 第七席【世界終焉セカイシュウエン】の責務を背負って、どれほどの年月が経過しただろうか。決して多い回数ではないが、この世から人間を永遠に退場させる責務は何度やっても慣れない。

 終わりゆく彼らの最期を見届けて、彼らがどういう人間だったか、どういう罪を犯したから世界に『不必要』の烙印を押されたのか、それらを全て背負って生きていく。


 それが、ユフィーリアが出来るこの世から消した100人に対する贖罪だ。



「ごめんなァ、こんな世界で」



 消えた100人だって、普通に生きたかったろうに。

 人間なりの欲望もあった。何の因果か不明だが、それが悪い方向に転じてしまって、結果的に大罪を犯してしまうことになって、第七席【世界終焉セカイシュウエン】の出番が回ってきたのだ。わざわざ消す必要もなく、不必要の烙印を押す前に再考の余地はあったはずなのに。


 彼らは悪いことをした、だから罪を償わせればいいのに。世界から消してしまっては、罪を清算することだって出来やしないではないか。



「いでで……」



 動き回った影響か、刺された脇腹が痛い。


 この傷跡も、ちょうど100人目の退場者となったサカマキ・イザヨイにつけられたものだ。回復魔法をかけなければ、周囲の人間から不審に思われてしまう。

 面倒なことこの上ない。絶対に叱られるだけの話ではなくなってしまう。「誰にやられた?」なんて問い詰められた暁には、ユフィーリアが第七席【世界終焉セカイシュウエン】であるという秘密が明るみに――。



「いやもうそれは遅いか」



 第七席【世界終焉セカイシュウエン】として闘技場コロシアムの決勝戦に出場し、それからものの見事にユフィーリア本人であると全校生徒・全教職員にバレてしまった。ついでに七魔法王セブンズ・マギアスの品位を下げるからという理由で、ユフィーリアが第七席【世界終焉】の姿でいる間は喋らないこともバレてしまった。

 こればかりはユフィーリアの終焉も適用されないだろう。あれは、ユフィーリアが終わりに導いた人間に関する全ての情報が都合よく改竄される仕組みだ。さすがに第七席【世界終焉】の素顔まではどうにか出来るほど、都合よく作られていない。


 両手に握った鋏を重ねれば、雪の結晶の形をした螺子ねじが2枚の刃を留める。曇りも錆もない銀製の鋏を一振りし、ユフィーリアはいつもの煙管へ戻した。



「いででで……本格的に治さねえとショウ坊に怒られる」



 絶えず血が流れる脇腹の傷跡に指先で触れ、ユフィーリアはとりあえず回復魔法の呪文を唱えた。見る間に脇腹の傷は塞がっていき、何事もなかったかのような白い腹が残った。

 これでいいだろう。失った血液に関しては食事なり休息なりで補うとして、あとは闘技場コロシアムの疲れで誤魔化そう。闘技場に参加していてよかった。


 ユフィーリアは「さて」と呟き、闘技場方面に歩き出す。優勝者として闘技場に舞い戻り、どうにかして誤魔化せば第七席【世界終焉セカイシュウエン】の責務は終了である。この面白くも何ともない仕事からさっさと解放されたかった。



「……ユフィーリア……?」


「ッ」



 薄暗い廊下のその先から、見慣れたメイド服姿の少年が現れる。


 艶やかな黒い髪を縦ロールにし、頭上ではホワイトブリムに縫い付けられた兎の耳が揺れる。夜の闇にも負けない赤い瞳が真っ直ぐにユフィーリアを見据え、少女めいた顔立ちには驚愕の表情が浮かぶ。

 恋人のショウだ。脇腹を刺されたユフィーリアを気にして、ここまで追いかけてきたのか。



「おう、ショウ坊。いやちょっと腹が痛くて、まあ闘技場コロシアムで刺されたんだけど。さすが優勝候補だよな、このアタシに一太刀くれてくるなんてなかなかの手練れだぜ」


「何故……」


「ん?」



 ショウの桜色の唇が、ほんの僅かに震える。



「何故、サカマキ・イザヨイは消えたんだ……?」



 その名前を聞いて、ユフィーリアは息を呑んだ。


 この世界で彼の名前を覚えているのは、ユフィーリアだけのはずだ。

 消えた100人の最期も名前も罪も背負っているのは、第七席【世界終焉セカイシュウエン】たるユフィーリアだけだ。


 それを何故、ショウが知っている?



(――ああ、そういえば)



 ユフィーリアはどこか遠くで思い出していた。


 異世界からやってきた彼には、上手くユフィーリアの終焉が通じなかったのだ。他の人間と同じように見えるものは見えるのに、何故か改めて記憶の部分を消し取ってやらなければ覚えてしまっているのだ。

 可哀想に。覚えていなくていいものを覚えたままでいるなんて、可哀想に。早くその記憶を摘み取って、辛いことは何も覚えていない無垢な彼に戻ってもらわなければ。



「ショウ坊、大丈夫だ」



 ユフィーリアは煙管を銀製の鋏に変形させ、



「その記憶は持っていなくていい、ソイツの名前は覚えていなくていいから」



 全部背負うのは、ユフィーリアだけでいい。



「だからもう忘れよう、ショウ坊。忘れてくれ。アタシが忘れさせてやるから」



 ユフィーリアの視界には、黒く澱んだ糸が見えた。


 これがショウの中に残る、サカマキ・イザヨイに関する記憶だ。あの黒い糸を断ち切れば、彼の中からサカマキ・イザヨイに関連する全ての情報・記憶は消去される。

 このやり取りも、彼の中から消え去るだろう。そう願うばかりだ。


 銀製の鋏を開き、黒く澱んだ糸を切ろうとするユフィーリアだったが、



「嫌だ」



 ショウは、ユフィーリアの鋏を持つ手を握って拒否した。



「切らないでくれ、ユフィーリア」


「ショウ坊、あんな奴のことを覚えていなくていい。覚えていたらお前が変人に見られるぞ」


「貴女だけに背負わせるのは嫌だ」



 ショウは泣きそうな表情で、



「ユフィーリア、どうして第七席であることを教えてくれなかった。どうして何も言わないで、1人で背追い込もうとするんだ」


「ショウ坊」


「貴女は狡い、狡い大人だ。いつもそうやって強がって、本当は誰よりも助けてほしいはずなのに、何も言わないまま周りの人たちを突き放すんだ!!」



 ボロボロと彼の赤い瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。



「ごめんな、ショウ坊」



 涙を流す愛しい恋人に、ユフィーリアはただ謝罪する。


 長いこと第七席【世界終焉セカイシュウエン】の責務を背負っているからか、何も言わないことにもう慣れてしまったのだ。1人で背追い込むことにも、何も思わなくなってしまった。

 今更、大切な恋人のショウや部下のエドワード、ハルア、アイゼルネの3人に打ち明けられる訳がなかった。言えば彼らは絶対に背負うはずだ。こんな重たいものに押し潰されて死んでしまったら、ユフィーリアは誰に怒りをぶつけていいのか分からない。


 だから背負わせる訳にはいかない。この呪いは、ユフィーリアだけのものだ。



「許さない」



 ショウはユフィーリアの鋏を持つ手を引き、強く抱きしめてきた。



「一緒に、貴女の呪いを背負わせてもらわなければ許さない」


「それは出来ない」


「どうして?」


「お前のことが大切だからだよ」



 大切だからこそ、世界に対する呪いじみた100人分の黒い感情を背負わせたくなかった。

 ユフィーリアだから耐えられるのだ。きっと、他の人間が背負ってしまったら押し潰されてしまう。


 それでもショウは頑固だった。涙声で「嫌だ」と言い、



「貴女は優しいから、きっと俺たちの身を案じて背負わせてくれないのだろう。でも、俺は一緒に背負いたい」


「お前は頑固だなァ」


「当然だ」



 ユフィーリアを強く強く、絶対に放すものかとばかりに抱きしめてくるショウは、



「いつも恋人の、格好いいところしか見ていないんだ。弱い部分も含めて、俺は貴女を愛したい」



 ああ、本当に。

 この恋人は、どこまでも頑固だ。ユフィーリアが「背負わなくていい」と言っているのに、どうしても背負うと聞いてくれない。


 弱気になっている自分は格好悪いから、出来れば恋人のショウには見てほしくなかった。弱い自分はとても受け入れがたくて、自分自身でさえも嫌いだから。

 第七席【世界終焉セカイシュウエン】として世界を終わらせる役目を背負った自分も、100人分の呪いに押し潰されそうになっている弱い自分も、嫌いで嫌いで仕方がなかったのに。


 ――それなのに。



「お前は、本当に強いんだな」



 自然と、ユフィーリアの瞳からも涙が零れ落ちる。


 こんな感覚は初めてのことだった。

 おそらく、泣いたことなんてないのではないだろうか。第七席【世界終焉セカイシュウエン】として最初に退場させた人間に罵られても、涙の1つだって零れ落ちなかった。


 ユフィーリアの手から、銀製の鋏が滑り落ちた。静謐せいひつに満ちた空間に、カシャンという細やかな音が響く。



「どうして、お前はそんなに強いんだよ……」


「貴女のことを愛しているからだ」



 力強い愛の言葉を受け、ユフィーリアは今度こそ耐えられなかった。


 何度も耐えてきたはずだった。消されゆく100人分の呪詛にも、理不尽な怒りにも、消える間際の罵倒の数々にも耐えられたはずだった。

 それも、自覚はしていなかったが限界だったのだろう。耐えられなくなった感情が涙となって溢れ出し、ユフィーリアは容赦なくショウのメイド服の布地を濡らす。


 ショウは「ユフィーリア」と呼び、



「貴女の呪いを、背負わせてくれるか」


「仕方ねえな」



 これほど頼まれて、力強く告白も受けて、なおも頑なに「背負わせられるか」と拒否できるほどユフィーリアも強くはなかった。



「嫌だって言っても、放してやれねえからな」


「放すつもりなど毛頭ない」



 綺麗な涙を零しながら微笑むショウは、



「貴女のことを、命が尽きるまで愛すると決めたんだ」



 そう言って、ショウはユフィーリアの唇に自分のそれを重ねてきた。

《登場人物》


【ユフィーリア】史上最強にして無貌の死神と言われているからか、強い自分以外の自分は嫌い。弱さを誰にも見せたくないのだが、この度ショウには弱い部分を見せることになった。

【ショウ】一途にユフィーリアを愛する女装少年。ユフィーリアの為だけに生き、ユフィーリアの為だけに可愛くなろうと努力し、ユフィーリアの悪口を言う輩は全裸にひん剥いて磔に処し、血の1滴だってユフィーリア以外の人間に渡したくないと考えている恋人の鑑。またの名をヤンデレ。

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[良い点] やましゅーさん、こんにちは! 新作、今回も楽しく読ませていただきました! ショウくんの告白がすごく熱くて胸に響きました!ユフィーリアさんの世界終焉としての使命、彼女の悩みや弱さをまとめて…
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