第4話【異世界少年と死神の正体】
第七席【世界終焉】の頭部を覆い隠す頭巾の中に、サカマキ・イザヨイの刀が突き刺さる。
第七席本人は僅かに首を逸らしただけで終わったが、問題はそのあとだ。
サカマキ・イザヨイを仕留めるべく1歩を踏み出した第七席【世界終焉】は、頭巾にイザヨイの刀が引っかかったままであることに気づかなかった。相手の懐に潜り込んだ影響で頭巾が脱げてしまい、その美貌が晒されることとなる。
透き通るような銀色の髪、色鮮やかな青い瞳。人形のように整った顔立ちにはいつもの笑みがなく、ゾッとするほどの無表情で倒れ込んだイザヨイを見下ろしていた。
「ユフィーリア……?」
第七席【世界終焉】の正体は、最愛の恋人であるユフィーリア・エイクトベルだったのだ。
「え、ちょ、理解できないんだけどぉ?」
「あれ偽者かな!?」
「偽者って信じたいけど、どこからどう見ても本物なのよネ♪」
エドワード、ハルア、アイゼルネの3人も第七席【世界終焉】の正体がユフィーリアであることを知らなかった様子だ。その証拠に、今ある現実を「偽者なんじゃないか?」と言い合っている。
付き合いの長い彼らにすら隠していた事実だ。ショウも偽者だと信じたいが、闘技場の中心に銀製の鋏を手にした状態で仁王立ちする姿はユフィーリア本人だ。顔立ちも記憶にある通りだし、分割した状態で握りしめる銀製の鋏にも見覚えがある。
腹部を裂かれて倒れ込んだイザヨイは、
「お主、棄権したのではなかったのか」
「…………」
ユフィーリアは答えない。ただ無表情のまま、イザヨイを見据えている。
「何故黙る」
「…………」
「何とか言え!!」
「…………」
サカマキ・イザヨイに怒鳴られて、ユフィーリアはフイと視線を逸らした。銀製の鋏でガリガリと闘技場の地面を引っ掻くと、ようやく観念したように口を開く。
「第一席の奴に『君が喋ると七魔法王の品位が著しく落ちるから喋らないでくれる?』って言われて……その、喋らないようにしてただけ……」
「…………」
その回答を受けたイザヨイは絶句し、またその回答を聞いていた観客全員も唖然とした。
確かにその声はユフィーリアのものだ。声まで他人のものを真似できるとなったら凄い魔法だとは思うが、あの声は間違いなくユフィーリアその人のものだ。
そのユフィーリアが言うのだから間違いない。第七席【世界終焉】が今まで無言だったのも、他の七魔法王から止められていたのが原因か。
――第七席【世界終焉】と対になる魔法使い、第一席【世界創生】のせいだ。
『えーと』
実況席のアシュレイが戸惑ったように口を開き、
『第一席【世界創生】は、えーと、公式発表ですとイーストエンド学院長になりますが。学院長? その辺りどうなんですか?』
「えッ!? あの、ええッ!?」
唐突に発言を求められた学院長のグローリア・イーストエンドが声を裏返す。阿呆みたいな慌てっぷりが面白いのだが、今はそれどころではない。
彼は、ユフィーリアが第七席【世界終焉】であることを黙っていたのだ。しかも七魔法王の品位を著しく落とすからという理由で、彼女に発言を禁じたのである。そんな重要なことを知っているのが腹立たしいし、ユフィーリアから美しい声を取り上げるなど以ての外だ。
ショウはグローリアの頬を掴むと、
「学院長、どういうことですか? 場合によっては殺しますよ」
「ちょ、まッ、ショウ君誤解だよ誤解!!」
「誤解もクソもありませんよ殺します」
「殺害は決定事項なの!?」
頬をぶにぶにと押された影響で蛸のように唇を強制的に窄められているグローリアは、
「だって事実じゃないか!! 彼女、第七席なのに自覚なしの馬鹿みたいな発言が多いから!! しかも面倒臭がって公の場所に出ないから、色々と設定をつけるしかなかったんだよ!! 性別不詳なのも彼女の礼装が性別そのものを曖昧にさせる機能があるからで」
「分かりました殺します」
「もうすでにその選択肢しかない!?」
懸命に弁明を続けるグローリアに、ショウは理不尽な感情をぶつける。
だってそうだろう。最愛の恋人であるユフィーリアの全てを知っているのがショウでもなければ用務員の先輩たちでもなく、この憎たらしい学院長なのだ。腹の底から湧き上がってくる怒りの衝動は抑えられず、学院長のグローリアに言葉の暴力となって飛び出てくる。
いいや、純粋に悲しかったのだ。愛する人であるユフィーリアが、ショウにこんな大きな秘密を隠していたなんて。付き合いの長いエドワード、ハルア、アイゼルネに相談する訳でもなく、学院長にだけは全てを曝け出していたなんて。
どうして何も言ってくれなかったのだろう、と悲しく思えてしまうのだ。
「ッ!!」
ギィン、という音がしてショウは闘技場に視線をやる。
闘技場の中心では、イザヨイとユフィーリアが鍔迫り合いをしていた。いつのまにか立ち上がっていたイザヨイがユフィーリアに刀を振り下ろし、ユフィーリアが右手に握った鋏で刀を受け止めている。
両者共に腕力は互角なのか、鍔迫り合いにどちらが優勢かという動きは見られない。いや、どちらかと言うとユフィーリアの方が優勢なのだろうか。イザヨイは歯を食い縛って刀を握っているのに対して、ユフィーリアは涼しい表情で刀を受け止めている。
イザヨイは血走った目でユフィーリアを睨みつけ、
「今までそうやって、拙者を嘲笑っていたのか。拙者との戦いを放棄した弱者のお主が、あの死神とは笑わせる!!」
「おいおい、今まで散々戦ってきたのによ。正体を明かした途端にガッカリすんなよ、悲しくなるだろ」
第七席【世界終焉】の仮面を脱ぎ捨てたユフィーリアは、普段の彼女であることを感じさせる軽口で応じる。
「言ったろ、お前は終わるんだよ。恨もうが怒ろうが、お前の全ては今ここで終わるんだ」
鋏で受け止めるイザヨイの刀を弾くと、ユフィーリアは袈裟斬りに裂かれたイザヨイの腹を蹴飛ばす。
闘技場の地面に倒れ込むイザヨイ。
しかし、未だ闘志は潰えていないのか、鋭い眼光を宿した瞳でユフィーリアを睨みつける。かろうじて手にした刀を握り直して立ち上がろうとするが、その寸前で喉元にユフィーリアの鋏が突きつけられた。
寂しそうに笑うユフィーリアの瞳は、色鮮やかな青色ではなく幻想的な極光色へと徐々に変化していく。
「楽しかったか? 最期にいい思い出は出来たか?」
終わりゆく罪人を前に、ユフィーリアは静かに問いかける。
「終わったお前自身のことは誰も覚えてねえけど――」
死神の鎌の如く銀製の鋏が持ち上がると同時に、イザヨイの身体から何かが伸びていることに気づいた。
糸だ、何本も束ねられた糸の束である。
赤や青、緑に紫色、黒色に白色など様々な色の糸がイザヨイから伸びている。その糸の先には銀製の鋏があり、今まさに断ち切られようとしていた。
あの糸の束が切られれば、サカマキ・イザヨイという人間はこの世から退場する。死ぬという概念ではなく、終わるという表現を使うのは誰の記憶にも残らない為か。
「――アタシだけは、お前のことを覚えてやるからよ」
あと少しで糸が全て断ち切られようとしたその瞬間だ。
ユフィーリアの動きが止まる。外部からの魔法が原因ではなく、彼女の脇腹に刀が突き刺さっていた。
座り込んだ状態のイザヨイが、ユフィーリアの脇腹に刀を突き刺していた。イザヨイと違って突き破られた柔肌から赤い滴が刀身を伝い、闘技場の大地を赤く汚していく。
ユフィーリアの腹へ刀を深々と突き刺すイザヨイは、
「お主は喋りすぎた。言葉に意識を傾ければ、動きが疎かになる。弱者の特徴だ」
イザヨイは忌々しげにユフィーリアを睨みつけ、吐き捨てる。
「第七席の方がよかった。何も喋らないから」
腹へ突き刺した刀を乱雑に抜き、イザヨイはユフィーリアに足払いを仕掛ける。足を引っ掛けられたユフィーリアは無様にすっ転び、イザヨイの逃走を許してしまった。
イザヨイは鮮血がベットリと付着した刀を握りしめ、闘技場から逃走を図る。出入り口である鉄格子を紙切れのように切断し、運営側の生徒が悲鳴を上げる。往生際が悪く逃げ出しても、処刑の時間が伸びるだけだ。
いいや、それよりも問題はユフィーリアである。脇腹を刺された彼女は、ボタボタと血を流しながらその場に立ち尽くしている。痛々しい傷跡に、ショウは居てもたってもいられなくなった。
「ユフィーリア!!」
観客席から駆け出したショウは、座席の横に設けられた階段を駆け下りる。観客たちがざわめく中で最前席まで辿り着くと、ショウは何の躊躇いもなく高い位置に設けられた観客席から飛び降りた。
ふわ、と身体が宙に浮く。メイド服のスカートの裾がはためき、観客席から「おおお!?」みたいな野太い声が幾重にもなって響くが構うものか。今はそれどころではないのである。
普通に着地すれば骨にヒビでも入りそうなものだが、ショウは着地の寸前で腕の形をした炎――炎腕に受け止めてもらう。安全に地面へ下ろしてもらってから、棒立ち状態のユフィーリアへ駆け寄った。
「ユフィーリア、大丈夫か? 急いで医務室に」
「ショウ坊」
ポンとユフィーリアはショウの頭を撫でると、
「大丈夫だから、ちょっと行ってくる」
それだけ言うと、彼女は脇腹の怪我など平気だと言わんばかりに走り出してしまった。イザヨイが破壊した鉄格子から闘技場を飛び出し、あっという間に姿が見えなくなってしまう。
彼女が進んだ道には血の跡が残り、どこに行ったのか簡単に追いかけられる。あの怪我でサカマキ・イザヨイと戦おうなんて無理な話だ。下手をすれば失血死してしまう。
ショウはユフィーリアが飛び出した方角に視線をやり、
「ダメだ、ユフィーリア。無茶はダメだ」
何も大丈夫じゃない、絶対に痛いはずなのに。
どうしてそれを飲み込んでまで、サカマキ・イザヨイを追いかけなければいけないのか。第七席【世界終焉】として、彼女は何を背負い込んでいるのか?
背追い込むような真似は止めてくれ、と言わなくては。
「ユフィーリア……!!」
ショウは血の跡を辿って走り出す。
何がとてつもない重いものが、最愛の人を押し潰してしまう前に。
何かとてつもない苦しいものが、最愛の人を弱らせて殺す前に。
――それを取り除き、一緒に背負うのが恋人の役目だ。
《登場人物》
【ショウ】最愛の恋人が【世界終焉】であることも驚いたが、それ以上に何も話してくれなかったことに対して悲しくなった。
【エドワード】長年を付き合った上司がまさか七魔法王の第七席だなんて誰が思うだろうか。絵本の登場人物だと思ってた。
【ハルア】七魔法王って聞いたことある気がするけど忘れた。なんか凄い奴だってのは知ってる。
【アイゼルネ】絵本の登場人物が周囲にいることが驚き。
【グローリア】世界創生の異名を冠する学院長。第七席の正体は知っていた……?
【イザヨイ】まさか第七席が棄権したはずのユフィーリアで驚くと同時に、問題児は不誠実なことをやらかすのかと憤る。逃げたかと思っていたのに。
【ユフィーリア】またの名を第七席【世界終焉】。口を開くと品位が下がるので喋らないように命じられていた。