第2話【極東の侍と無貌の死神】
『こ、これは、これは――――!!』
高みの見物を決め込む生徒が、やたら大きな声を興奮気味に張り上げた。
『あの問題児の代役が、何と!! 七魔法王が第七席、史上最強と名高い無貌の死神!! あの【世界終焉】だあああああああッ!?』
サカマキ・イザヨイは、目の前に立つ人物に視線をやる。
裾の長い真っ黒な外套を羽織り、目深に被った頭巾が頭全体を覆い隠す。外套の下から見える衣服もまた黒のみで統一され、差し色どころか装飾品すら身につけていない。どんな仕組みなのか不明だが、相手の体型すらも曖昧だ。
身長はイザヨイよりも小さく、女性の平均的な身長にも思えるが極東地域にはあれぐらいの男性もいたので性別を判断することが不可能。武器らしいものは所持しておらず、手にした銀製の鋏だけが物々しい雰囲気を醸し出していた。
衆目は興奮気味に黒い影のような人物を観察しており、高みの見物を決めて戦場の様子を詳細に伝えてくる若者は何かを喚いているが気にも留めない。
『世界を終わりに導く存在が若者主催の馬鹿みたいな催しに登場するのが不思議ですが、一体何が目的なのでしょうね先輩!!』
『【世界終焉】はあらゆる文化・人間・国・自然などを終焉に導くという情報以外、全てが謎に包まれていますからね。あの死神の思考回路が分かったら苦労しません』
『相変わらず手厳しい意見をありがとうございます!!』
相手がどう呼ばれているのかまでは分かるが、それ以上の情報はないのか。
確かに、目の前の死神は得体の知れない雰囲気を纏わせている。そこに佇んでいるだけで気味悪さがヒシヒシと肌で感じる。
顔の見えない恐怖、呼吸音の聞こえない気味の悪さ、正体の知れない相手を前にしている居心地悪さ――どれを取っても今まで感じたことのないものだ。普通の人間であれば今すぐこの場から逃げ出していることだろう。
しかし、サカマキ・イザヨイは逃げ出さなかった。むしろ得体の知れない相手を前に武者震いさえしていた。
「お主、なかなかの強者と見える」
イザヨイは第七席【世界終焉】とやらに話しかけてみる。
少しでも情報収集がしたかった。
第七席【世界終焉】は全てが謎に包まれた顔のない死神。どうやって戦うのかさえ不明だ。少しでもそれが分かれば戦いやすい。
相手は相当な強者と判断できる。世界中で神の如く崇められている七魔法王の謎めいた第七席――他の七魔法王さえ敵わないとされる事実上の史上最強の誰か。まともに正面からぶつかれば、イザヨイは無事では済まない。
「拙者はサカマキ・イザヨイ、極東の侍である。お主の刀は、その鋏か?」
「…………」
第七席【世界終焉】からの返答はない。
顔を俯けさせたまま、右手に握りしめる銀製の鋏を揺らす。文房具や髪を切る鋏にも見えるそれは曇りや錆さえ見当たらず、簡単に触れてはならないような気配がある。
折り重なる2枚の刃を留める螺子の部分は、雪の結晶の形となっている。どこかで見覚えのある雪の結晶だったが、どこで見たのかイザヨイの記憶に残っていない。
「まさか、その小さな鋏で拙者に挑むと? 甘く見られたものだな」
「…………」
すると、ついに第七席【世界終焉】が動いた。
ゆっくりと顔を上げると、細い顎の線が頭巾の下から僅かに垣間見える。細い首とキュッと引き結ばれた唇から性別ぐらい判断できるかと思ったのだが、やはりこれだけの情報では分からない。
頭部を覆う頭巾の中、ちょうど瞳の部分に当たるそこが極光色に輝いている。引き込まれそうな光に、イザヨイは思わず魅入られてしまう。
よく回る口だな。
すると、イザヨイの頭に文章が叩き込まれた。
パッと文字が頭の中に浮かび上がり、それらが文章を構成する。
誰かの魔法かと思ったが、神の如き信仰がある七魔法王の第七席が登場したことにより観客たちは興奮状態だ。あの若者たちが魔法を使えるとは思えない状況である。
となると、考えられる相手は。
これから終わるってのに、随分とお喋りなことだ。
第七席【世界終焉】だけだ。
「終わる、とは」
サカマキ・イザヨイは、高みの見物を決める若者の言葉を思い出す。
第七席【世界終焉】は、この世界に対して終わりを与える存在。あらゆる文化・人間・国・自然を等しく終焉に導く死神。
その『終わる』という意味はどういうことなのだろうか。死刑になるのとは違うのか?
イザヨイの太い指先が、自分の腹をなぞる。
脳裏をよぎったのは、現況と同じく騒がしい中で腹を掻っ捌いた感覚だ。遅れて首を切り落とされ、確かにイザヨイは命を絶ったはず。
地獄の空に穴が開いた時、無我夢中で暴れ回ったらこうして復活を遂げていた。理由は不明だ。イザヨイの心臓は確かに動いていないのに、手足は自由に動くし自分の意思はある。
死者の状態のまま、イザヨイはこの闘技場の地に立っている。
お前はこの世界から退場する。
淡々とした文章が、イザヨイの脳味噌に直接叩き込まれる。
「なるほど、拙者はここで潰えるのか」
イザヨイが納得したように言えば、第七席【世界終焉】の首が僅かに上下した。頷いたのだろう。
「強者の手にかかって終わるのであれば、拙者はそれで構わん」
イザヨイは腰に差した刀に手をかける。
親指で鍔を押し上げれば、キンと澄んだ音が耳朶に触れる。鈍色の輝きを纏う刀身が少しだけ顔を覗かせ、相手の血を吸う瞬間を今か今かと待っている。
強者ばかりを求めてきた。
この世で生きる人間は弱すぎる。イザヨイの前に立った人間は恐れて命乞いをするか、無謀にも挑んで斬り殺されるかのどちらかだった。
もっと強い相手を求めて世界中を彷徨い歩き、イザヨイの後ろには血の道が築かれる。多くの死体が積み上げられ、その果てに捕まって切腹の果てに命を果てた。
この瞬間は、イザヨイにとっての絶好の機会と言える。最強の死神に挑め、と誰かが気まぐれに与えたサカマキ・イザヨイ最強の戦場だ。
「お主は、強いか」
それに対して、第七席【世界終焉】は応じる。
お前が望むぐらいには。
それなら、殺し合おうではないか。
『さて、いよいよ決勝戦が開幕します!! 泣いても笑ってもここで最も強い生徒……いや一部生徒ではないですけど、とにかく最強の座が決まります!!』
『学院の天使のキスを勝ち取るのは誰なのでしょうか? 楽しみですね』
『そうですね、楽しみです!!』
俗的な会話をする2人をよそに、試合開始を告げる鐘の音が闘技場全体に鳴り響いた。
☆
「お主は鋏で戦うのか?」
イザヨイは刀を抜き放ちながら問いかける。
第七席【世界終焉】の持ち物は、曇りも錆もない銀製の鋏しかない。それ以外の持ち込みはなく、また闘技場では魔法の使用を全面的に禁止されている。相手が魔法を使ってくる可能性はないだろう。
すると、第七席【世界終焉】が右手に握った銀製の鋏を頭上に放り投げる。放り投げられた銀製の鋏が煌めいたと思えば、重力に従って落ちてきた時に変化していた。
髪を切る為か、もしくは文房具の類だと思っていた小さな鋏が、身の丈ほどに巨大化していたのだ。
「ほう」
イザヨイは目を見張る。
鋏が得物の相手とは戦ったことがない。そもそも鋏を得物にする人物に見当がなく、こうして対峙するのも初めてのことだった。
あの巨大な鋏を振り回して戦うと言うのか。随分と効率の悪い戦い方をするものである。
第七席【世界終焉】は持ち手の部分を両手で握ると、
「…………なるほど」
イザヨイは第七席【世界終焉】の戦い方を理解した。
2枚の刃が重なった銀製の鋏が分かれ、さながら剣のように変貌を遂げたのだ。両手に鋏の刃を1枚ずつ握る第七席【世界終焉】は、双剣を装備しているかのようだ。
両手に握る分割された鋏の刃を振って調子を確かめる第七席【世界終焉】は、真っ直ぐにイザヨイを見つめてくる。頭巾の下に浮かぶ極光色の2つの光が、イザヨイの動きを見逃すまいと観察している。
それなら確かに戦える。双剣ともなれば隙がなく、下手をすればイザヨイ以上の強さを持っていることだろう。
「ああ、本当によかった」
最後の最後で、これほどの強者と巡り会えるなんて。
イザヨイは抜き放った刀を正中に構える。
視線の先には分割された鋏を双剣の如く握ったまま、だらりと腕を垂らす第七席【世界終焉】の存在がある。気を抜いたような体勢は、イザヨイを油断させる為の戦略か。
一触即発の空気が闘技場に落ち、衆目が見守る中でイザヨイはまず動く。
「きえええええあああああああッ!!」
雄叫びを上げ、第七席【世界終焉】に正面から突っ込んだ。苦楽を共に過ごした相棒である刀を振り上げ、大上段から第七席【世界終焉】を狙う、
しかし、さすが史上最強の4文字をいただく存在と言えようか。
気合の入ったイザヨイの攻撃を、散歩でもするかのような軽い足取りでひらりと回避する。第七席【世界終焉】が立っていた場所にイザヨイが振り下ろした刀が空を裂き、風が【世界終焉】の羽織る黒い外套の裾を揺らした。
イザヨイの右側に回り込んだ第七席【世界終焉】は、左手で握った鋏を振り上げる。尖った先端がギラリと輝き、まるで死神の鎌のようだ。
「せああッ!!」
鋏が振り下ろされる瞬間を見計らって、イザヨイは刀で鋏を弾く。
ギィン、と金属が擦れる音。
ひりつく空気に、思わず笑みが溢れる。
「そうだ、そうだ。それでいい」
弾かれた左手の鋏など気にも留めず、第七席【世界終焉】は右手の鋏をイザヨイの首めがけて振った。
銀色の軌道を虚空に描く鋏を刀で弾き、イザヨイは距離を取る。
相手は双剣故に、連撃は当然のことだ。想定できていたにも関わらず、イザヨイは第七席【世界終焉】の懐に潜り込んでしまった。
冷静さを欠いている。それほど楽しくて仕方がないのだ。
「ははは……」
イザヨイは笑い飛ばした。
対する【世界終焉】は無言のままである。
弾かれた時に手が痺れたのか、鋏の柄を握る右手をじっと眺めていた。調子を確かめる為に手首を回し、分割された鋏がぐるんと1回転する。
笑う気配もなければ、怒るような気配もない。ただそこに立っている死神は、無の存在だ。
「さあ、死合おうか」
目の前の強敵に、イザヨイは遠慮なく食らいついていく。
《登場人物》
【イザヨイ】極東地域の出身である侍。生徒らしくないが生徒として混ざる。本人は気にしているが、無精髭を生やしていてもまだ22歳である。
【世界終焉】年齢不詳・性別不詳・本名も不明という全てが謎に包まれた無貌の死神。鋏を分割して双剣のようにして戦うスタイル。