七十九話 その合成獣、果報を待つ/キマイラ
─丘陵地帯(セリス、ロンゴ)─
ちょっとした丘の上、澄み渡る秋空の下。そこに憩う二人の人物。人間と鬼人である。
ロンゴは大の字で寝そべり、セリスは三角座りで腰を据えている。
漠然としたやるせなさに加え、火付け役不在なこの状況下では対話が滞る。
「……力が、欲しいです」
先行は、微風に銀髪をなびかせる若きハンター。
何の脈絡もなく、ふと自分に対する不満を呟く。
「腹筋背筋腕立て腿上げ毎日百回毎朝城外ジョギング毎日欠かさず五年間」
「なにかの呪文ですか。……あー! ふーまーんーでーすー! やっぱりロンゴが魔法を扱える事に納得いきません! あと、筋力じゃなくて技術面です!」
「やっぱ才能……かね? んでも、宝の持ち腐れ感は付き纏うけどな。オレはオメェが羨ましい。何でもポンポン出せるって、ロマンギッシリじゃん」
「コレを見ても同じ口で褒められますか!?」
セリスが声を裏返しながら、水魔法を放った。それはそれは、さしずめじょうろから零れる水のよう。
彼女が発生させた水が偶然そこにあった蕾に降り注ぐと、一輪の蒼白い花が咲いた。
ここは丘陵地帯。辺り一面が黄金色の、背丈の短い植物で覆い尽くされています。
エルメス近辺の、秋の原っぱでも酷似した景観に姿を変えるが、ここでは年がら年中景色は不変。高さ4~5メートルの木は点在しているものの、拓けていることに変わりなし。
遠方には雑木林が、ここからは帯状に覗える。
小動物の長い耳が草むらからはみ出ていたり、嘴の長い鳥の群れが周囲を警戒しながら地面を突いている。
そんな平穏極まる、このエリアでの依頼とは。
「そんな怒らんでも。……つーか、ぜってーここにいないだろ、キマイラ。割とデカい図体の筈なんだが、影も形も臭いも嗅ぎ取れん」
「知ってました? キマイラって、冬季に冬眠するんですよね。だから、脂肪分を蓄えるために頻繁にエサを求めるんですよね。薬草検定で必ず出る出題です、キマイラは雑食性~だとか、嫌というほど参考書で見ましたよ」
ロンゴは、豆知識を振り込まれても無関心。求めていた情報以上を盛り込むな、と言いたげである。
脳で処理せず、情報過多によって後半は聞き流していた。
ピュイーヒュロロロロロロ
頭上に、翼を広げた鳥の影が過ぎ去ったと思えば、聞き心地のよい鳴き声が木霊する。
「おやまあ、カンムリイグですよ。趣深いですね~。お目に掛かるのは、数年前に見世物小屋で拝見して以来ですかね」
「そうだな。キマイラはいずこなのだ、人の子よ」
空の覇権を握るカンムリイグが、王者の象徴と称される所以となる冠を被り、大きな円を描いて旋回している。
恐らくは索敵、狩りの真っ最中。彼の鋭い眼光と鋭い爪から逃れられるものはいないだろう。
そして。
「おっ」
「あん?」
血肉の糧となるターゲットをロックオンしたのか、翼を畳んで矢の如く急降下した。
狙いは、草むらに這う大型の『蛇』。
弱肉強食の摂理を見届けた、貴重な一瞬。セリスの脳内は『カッコイイ』の一色で、ロンゴは『……』であった。
ただし、ここで自然の厳しさ、生命とは儚き物であることを思い知らされた。
「おぅえあ!?」
「あん?」
しかと見た衝撃映像。乙女がひょうきんな奇声を発した。
それもそのはず。返り血を浴びたのは、空の狩人ではなかったのだ。普段ならば、生態系の頂点に君臨する、蛇をも喰らう捕食者が、悲鳴も音沙汰もなく貪られた。
「ちょ、ロンゴあれ!」
セリスは二重に驚いた。
一つは、恋心を抱くように見惚れていたカンムリイグが、いきなり肉塊に変貌したこと。
もう一つは、カンムリイグを襲った張本人の容姿だ。
「キマイラだな、あれ。……よっこらせっと、肩、暖めますかねぇ。狩猟といこうじゃねぇか小娘」
蛇を模ったものは、獲物を誘き寄せるための疑似餌。正体は、尻尾だった。肉を噛み千切る口は、その対極側。
ネコの様な顔立ちに、山羊のような角を有した生物の全体像があった。
「小娘はもういいです、名前で呼んでください!」
たった一撃で撃沈した鳥を貪る獣。
現状請けられる、高難度の依頼対象なのだ。




