六十話 ニトロ石の回収
俺は怪物の行動パターンを何一つ理解していない。それがどんか行為であれ、特異な動作の全てが攻撃の予備動作に見えてしまう。
この巨大蜘蛛の意図は読めない。
巨体を武器にしてのし掛かったり、見た目通りの姑息な戦術を執り、奇抜でトリッキーな攻撃を仕掛けるのかと思いきや、
シュルルルルルルルルッ
「な……なにやってんだ……? なあアイシャ、お前なら怪物の生態に詳しいだろ? 端的に解説してくれ」
俺たちが目にした、パスキュラネの不可解な行為。
出糸突起から噴出した大量の糸それを、発達した第一脚を巧みに操作して第二脚、第三脚、第四脚に繋ぎ止めるように張り、即興の捕獲用ネットを仕立てた。
それは護身の為の前準備か、それとも蠢く罠か。どちらにせよ、自己強化した事は把握した。
「後輩。残念なんだが、とてもグッドニュースとは言えねぇな。あれはヤツが狩りを行う時の正装。つまり、本気を出すってことだな。糸に引っかかるなよ?」
今のパスキュラネが全身を伸ばしたら、そのシルエットは蜘蛛の巣状になる。自分自身が蜘蛛の巣になる事によって、獲物に覆い被さったときに逃げられる事を防ぎ、なお且つ相手の身体を封じる事が出来る。
脅威となる鎌状の第一脚も相まって、この形態に変化したパスキュラネから逃れる事は、ほぼ不可能だろう。
「おい相棒、コイツの糸なんてへっぽこだぜ? 今更驚くこたぁねぇ。脳天にキツいのいれてやんよ! ウオラアァァアア!!」
シュクルルルルルル!
「ロンゴ止まれ! 無謀だーっ!」
慢心は身を滅ぼす。一度優位に立って巨大蜘蛛を地に墜とした鬼人は、反撃を差し置いて呆れる突撃をかました。
結果、あやとりで遊ぶ蜘蛛が創作したゴールネットにハエが捕まるように捕らえられた。
そのまま、叫ぶ暇も無く洗礼された手際で包装され、鬼人族が内蔵された無垢の袋が完成した。
生まれんばかりに藻搔く袋を、山菜を集める翁の仕草で背中に固定させた。
「あのさぁ! あのさぁあ! どうやったら毎回そんな事が出来るんだよ!」
「怒りを抑えろ後輩。きっとオーガは、物語に出てくる『お姫様』に憧れてんだよ。さ、助けてやれ王子様」
「何その設定キツい」
シュクルルルルルルルルル!
残りのネズミの駆除を始動。八方に這い寄る脚を奇天烈に動かして猛進するも、胎動する繭の子細によって若干、起動があやふやになっている。
「すげぇ、オーガのやつめっちゃ抗ってて笑える。……さてと、一仕事しますかね」
「わ、私も弓で応戦します!」
アイシャは不敵な笑みを浮かべながら粘性のない糸を束ね、リマは斜め掛けしていた弓を携え、魔性の蟲に矢尻を向けた
「もうちょっとです、もう少しで……よしっ! 身体に異常はありませんか?」
「すまない、助かった。恩に着る」
「はい! ……デリクスとデクトの救助、完了しました! デクトは昏睡状態にあります! そちらの戦況は───」
シュッ……シュクルッ……クキュルルルッ……
「ふおおぉぉぉおお!! 刺される、刺されるって! ……アイシャ! 俺を引っ張ってくれ、そろそろ避けるのも限界だ!」
「すまーん。後輩の周り、完全包囲されてて迂闊に近寄れんわ。男なら、その魂を燃やして根性みせな」
「お前じゃ話にならねぇ……ロンゴ!」
「わりぃな、この糸、堅すぎてこれ以上抜け出せねぇ。何とか顔だけ出せたんだが……首が絞まって喉が……あ……血が止まるのを感じるぜ……」
「リマー!」
「ど、どうすれば……そりゃあ! コレでも喰らえ!」
これはひどい。
どうやったのか、巨大蜘蛛の一部が己の糸で縛られていて、満足に稼動出来ない部位がちらほら。
頭部の下、極悪な牙と注射針が突く位置には、私たちのリーダーが。地面に押し倒され、肉体のスレスレを何度も刺さる針を間一髪で躱している。
巨大蜘蛛の背中に宿る寄生鬼人は、寝袋に包まった感じで、血の気が引いた辛そうな顔を外界へ出没させている。
赤髪の人は……『やりきった』感を醸し出して、仁王立ちしながら男を傍観している。
リマという名の弓使いは、放てる矢が底をついてしまったのか、切羽詰まりながらも拾った石ころを投げている。
「ロイン、今助けますよ! 私の魔法で怯ませますので、その隙に脱却を……」
「待ってくれ……セリス、だったか。魔法を撃ったら仲間が巻き添えになるだろう。……ここは俺が助ける。デクトを安全地帯まで運んでくれ」
鬼人と同等の強面、デリクスが漢らしいく勇敢な判断で、闇鍋のリーダーを救済措置を施そうと踏み込んだ。
か、カッコいい……っ! 誰かさんたちとは違って、これぞ偽らずに戦士と呼べる。
扱い慣れた鈍器寄りの武器を抜刀し、救難信号を発信する若者にトドメを刺そうとせん怪物に立ち向かった。
キュクルルル!
「うわああぁあ!」
絶命させるべく、ネズミに鎌を振り下ろそうとした刹那、
「ぬぅん!」
シュクルルルルッ!
高速で地獄に直葬させる死神の鎌は、肉を貫く直前に、何処からの助太刀によって予期せぬ軌道修正をされた。
弾かれた鎌は欠けてしまった。対となる無傷の鎌で追撃を図るも、屈強な漢による人間離れした怪力に止められた。
「ロイン、早く抜け出せ!」
「お、おう! 助かった!」
九死に一生を得たリーダーは命辛々這いずり、死神の鎌から難を逃れた。
「よぅし、後輩も助かったな? それじゃあとっとと逃げるぞ! ニトロ石を忘れるな!」
シュクルルルルルルルッッ!!
「っ! 怪物の拘束が解けました! みなさん急いでください!」
こんな坑道で成長したため、食物にありつく事が難しくなってしまった怪物。滅多に現れない仕留め損ねた獲物が優々と撤退していくのを見過ごす訳にもいかず、力を振り絞って鋼の糸を断ち切った。
死の者狂いで、唯一の退路にありつく獲物を追跡する。
「追いつかれてしまいます! ……致し方ありません、みなさん伏せてください! 炎魔法を使います!」
「ちょっとまてセリス! せめて雷魔法か泥魔法を!」
「標的が定まらないので無理です! 土魔法は距離感が掴めません! なので撃ちます!」
今度は適度な火球が轟々と生み出され、仲間に当たる誤射防止のため、斜め上方向に発砲した。
ドオォォオオン!
キュクルルルルルル!!!
白糸を纏った巨体に命中し、火の粉を散らして拡散した。
炎は全身の糸を伝い、見る見るうちに火達磨へと変貌させた。
燃えさかる火焔を鎮火する術がない地下空間、生涯で遭遇したこともない惨事に藻掻き苦しみ、為す術もなく暴れ回る。
迫り来る脅威は抑えられ、後は地上にでるのみ。
振り返る余裕もなく来た道を爆走した。
大脱出を講じ、何一つ弊害なく存命した事を深く実感した。
「はぁ……はぁ……よし、ニトロ石はちゃんとあるな。依頼達成、と……」
「一件落着、ですね。今回ばかりはちょっと危険でしたね」
俺は安堵の息を吐き、和らぎの草木を眺めた。
「……なあ後輩一つ言って良いか?」
「どうしたアイシャ、なんかあったか?」
休暇を取らず、ずっと立ち尽くしていたアイシャが軽く口を開いた。
「角が生えた筋肉モリモリマッチョマン、いなくね?」
………………。
「…………えっ……?」
キュクルルルルルルッ!! キュクルルルッ!
「ぬああぁぁあ! あっちい!」
狂瀾怒涛の炎上演舞。従わせるは真紅の豪族。道筋を求めて業火は忍ぶ。
生命ある炎の化身は、我と偶然の産物忘れて奇声を発する。
「~~~っ……おっしゃあ! 糸が解けたぜ!」
焼き討ちされや移動要塞から緊急脱出し、人間たちが逃げ込んだ帰り道に向かって、火を灯した蜘蛛の糸を気にせず走った。
「ぬおおおぉぉぉおお!」
シュクルルルル……
祓えぬ呪いにより力尽きた巨大蜘蛛。力無く白糸のベッドに倒れ込んだ。
それにより、張り巡らされた全ての糸に引火して、薄暗かった空間が真っ赤に染まった。
ここはニトロ石の発掘地。この連鎖が意味する答えとは───
「ぬおああぁぁぁあああ────!」
ゴゴゴゴゴゴ……
「地震……? それに、なにか悲痛な叫び声が聞こえたような……。廃坑から強風が吹いていますね。中で何か起きたのでしょうか?」
「アレだろ、銀髪の炎魔法のせいでニトロ石が爆発したんだろ。オーガはもう助からないな。丁度埋葬の形になったし、たまに弔ってやろう。帰るか」
荒事なんて無かった。アイシャはそんな形振りでリュックを肩に掛けて、親指を立ててGOサインを表す。
「あんたのメンバーでしょ! 人情ってものがないの!?」
「まあ、そう食いつくなって。俺はな、リーダーの勘になるがロンゴは死なないと思うんだ。その証拠に……ホラ」
俺がリマに『あっち向いてホイ』をする。人差し指の延長線上には、落盤して塞がれた廃坑の口。
不自然に、一カ所だけモゾモゾと小さく隆起している。
慌てふためいた土竜でも飛び出してくるのかと思うリマ。
……ズボッ
青空の下に突出したのは、猛々しい一本の腕であった。
「……な? 俺も困惑してる。コイツ不死身なんじゃねぇかって」
「え……ええぇ……」




