五話 視界眩ますフクレテッポウ
依頼に記載されていた林……の近くにある農家の家にやって来た。領有しているであろう土地には、林に隣接した畑が広がる。
「なんで人ん家寄るの? さっさと行って済ませようぜ?」
「ばっかお前、迂闊に進入禁止エリアに入ったら後が怖いだろ?」
「……小心者」
「聞こえてるぞ」
木製の扉の前に二人で並び、ロインが扉を軽く叩く。返事はすぐに返り、中からドタドタと忙しい音が聞こえる。
「いいか? お前の性格の事だが……、くれぐれも失礼の無いようにな?」
「えー、初対面ですぐ年齢聞いた奴に言われてもなぁ? あと、『お前』って言うな。何故なら私はせんぱ」
「アイシャと呼ばせていただきますね?」
ドアを押し開けて出てきたのは、脚の裾に泥汚れが多い作業着を着た、ガッシリとした男である。
「何だおめぇら、もしかして冒険者か? 何か用か?」
「ええと、依頼の関係であの林に入るんですけど……、近寄っちゃ行けない場所ってありますか?」
「いやあ、特に気にしなくて大丈夫だ。でもな、畑にゃ極力踏み入らんでくれよ」
「分かりました。ありごとうございます」
男は最後にニカッと笑い、気前よく『頑張れよ!』と鼓舞してくれた。気さくな人で助かった。
「後輩が丁寧な言葉遣ってると、なんか面白いな。笑うの我慢してたよ」
「楽しそうで良かったな。帰り道はあそこを真っ直ぐだよ」
作物が葉と茎を伸ばしている畑を迂回し、林へ入る。
「さて、フクレテッポウを駆除するワケだが……、アイシャ、なんか分かる? よくいるポイントとか、痕跡とか」
「分かるわけ無いじゃん」
「そうだな。聞いた俺がバカだったよ」
「アイツらは臆病だから、こっちから追ってもすぐ逃げるだろうし。ま、餌を撒いときゃその内来るんじゃね? でも、かなーり頭が良いらしいよ。死んだフリしたり、身の危険を感じるときは獰猛になるらしい」
ガサガサと木の枝や草を掻き分けながら、林の中を前進する。時期が時期だからか、草木が鬱蒼としており、とても邪魔くさい。
「臆病なのに獰猛なのか。……にしても、誘き出す為に撒き餌か。一理あるな。しかし撒き餌なんて用意していな……」
目前の光景に言葉を呑んだ。一カ所に絡んだツタを、力一杯に引き千切り、現れたその空間にソレはいた。しかも至近距離。
全長二メートルはあるであろうオオトカゲ、フクレテッポウが。口は細長く、首回りには皮膜の様な物が張られている。その目玉は絵に描いてあったような、心なしかアイシャよりはしっかりとした黒い目玉だ。
「……こ、コイツがフクレテッポウか? デカくね?」
「平均的なサイズだろ。さて、殺るか……お?」
刺激しないように、雑音を立てずにゆっくりと近づく……つもりであったが、なんと向こうから接近して来た。
「な、なんだ? 臆病って話じゃなかったか?」
近くでまじまじと見ると、どこか愛嬌があって可愛らしい。鼻頭を上げて、様子を探っているようだ。
「コイツ、結構可愛いぞ? だってホラ、警戒しないし人懐っこ──」
それは一瞬の出来事であった。危機を感じたのか、それとも嫌気が差したのか、フクレテッポウは首回りの皮膜を膨らめ始め……、
『ブシュッ』
「ぐおあああああああ! 目があああああああ!!」
膨らんだ皮膜が萎んだと思えば、口から黄色い霧を、ロインの目玉に向けて吹きかけた。
してやったり、と言わんばかりにフクレテッポウは猛ダッシュ。悶絶する人間から逃れるように、姿を隠した。
「っああああああああああ!! クソトカゲエエエエエエ!!」
「落ち着けハハハ」
「笑うなああああ!」
なんだこれ!? 滅茶苦茶痛ぇ! 失明してないよな!?
恐る恐る目を開く。痛みは早く和らいだが、視界が眩んでいる。あのトカゲだけは生かしちゃおけねぇ。地獄の底まで追い回してやる。
「よし、じゃあこうしようか。」
『よし』じゃねえよ。
「先に二匹殺った方が五千ジルってことではい用意スタート!」
「ちょっと待てえええええ!」
こっちのハンデが大きすぎるだろ! 公平性の欠片も無いじゃねぇか! こっちは初心者兼リーダーだぞ!? そもそも何だよその賭け!
文句を口に出す前には、フクレテッポウを追ったアイシャは林の奥地へ姿を消していた。
こうなったら実力で見返すしかねえ。先に二匹とも殺めてやる。
私、アイシャはトカゲが這った跡を辿っています。
緑はより一層生い茂り、背の高い草木が密集しています。これでも一年は冒険者として食っているので、先にフクレテッポウを二匹狩るのは必然でしょう。つまり、銀貨三枚は手に入れたも同然です。
後輩に差を見せつけて、煽り散らしてやります。ワクワクが止まりませんね。
「どこにいるかなぁ~……。? あれ?」
この時、私は完全に油断していました。獲物は痕跡の先にいるとばかり考えていました。しかし、敵は頭が良かった。
ずっと追い続けていた痕跡が、途端に消えたのです。不思議に思っていると、策士の主が背後の茂みから飛び出してきました。それも、二匹。
「うおあっ!?」
一匹は脚を目がけて突進し、体勢を崩そうとしてきました。まんまとやられてしまい、前方へと身体を倒してしまった。
「いってえなあ。……あ?」
隙を生じぬ二段構え。倒れた先、目の前には首回りをパンパンに膨れ上がらせた、珍妙なトカゲが一匹。先程とは別の個体が。
「ブシュッ」
「ぎゃああああああああ!! 目があああああああ!!」
このクソトカゲ焦点を当てた瞬間、パンパンに蓄えた噴出物を目玉に標準を合わせ発射した。
「ああああああああああ!! クソトカゲエエエエエエ!!」
許さねぇ、絶対に。現世で地獄を見せてやる。
痛みに耐えながらも目を見開く。振り返ると、二本の尾先が奥へ吸い込まれるの見えた。
「ぶっ殺してやらああああっ!!」
女性らしからぬ鬼の形相をし、罵声を発しながら奴らを追う。
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