二話 登録完了、不完了
ロインは軽々と扉を開けた。と同時に、押し塞がれていた騒ぎ声が耳を通り抜ける。
「いらっしゃいませー」
職員の気さくな挨拶受けた。
そそくさと中に入る。中は明るく、天井には豪華なシャンデリアが下がっている。大半の席が埋められ、誰もが愉快そうである。出入り口から入って右奥には、二階へ続くだろう階段がある。
冒険者に成るための申請をするならば、まずは受付だろうと、男女分け隔てなく長方形のテーブルを囲う各集団を横目に、壁を伝うように左側奥に見える受付へ向かった。
中央のテーブルでは、二人の勇ましい筋肉が腕相撲をし、その二人を厚く、熱い筋肉どもが囲んで、個々が双方どちらかを応援している。賭けか力比べでもしているのだろう。
受付には、三つの窓口があり、それぞれの窓口に担当の受付嬢さんがいる。何がともあれ、聞いてみよう。
……三人とも、かなり美人さんだ。逆に話しづらい。
直感で一番左側の窓口へ向かった。
ハイボールに溢れるほど注がれた酒を酌み交わす野郎共の声に掻き消されないように、
「すみません、冒険者に成りたいんですけど」
と、果たして聞き方が合っているかどうか分からないが、無難な聞き方で質問をする。
「あ、はい。ではこちらへどうぞ」
すんなりいった。
席を立った受付嬢さんに促され、受付の隣にある個室へ入った。中には、一つの丸机を挟んで二脚の椅子がある。机にはペン立てと、二本の羽根ペンが。
受付嬢さんが奥の椅子に座り、ロインは手前の椅子に座った。
「では、こちらの紙に名前と年齢、出身地を記入してください」
指示された通りに各記入欄へペンを走らせた。あれ、出身地を記入しても、住所はいいのか。
そういえば、面接等は無いのだろうか。試験やらなんやらしなくてもいいのだろうか。そんな疑問を浮かべながらも、記入が終わった紙を渡す。
「ロイン様ですね。年齢は十六歳、出身地はエルメンの村……、エルメンの村? って何処ですか?」
え、ご存じない? そこまで知名度がないのか……、いや違う。遠すぎるのだ。瞬間移動で来たため実感が一切ないが、よくよく考えれば746キロメートルだ。まさかまた746キロメートルを脳裏に呼び覚ますとは。染みついてしまったようだ。
「えっと、ここからかなり北にある、エルメン山脈に囲まれた村……です」
「エルメン山脈!? そんな遠くから来たのですか!?」
あ、エルメン山脈は知ってるんだ。ならば連想出来そうだったが。そしてこの反応は正しい。なんせ距離は
「約700キロメートルもあるのにはるばると……、さぞお疲れでしょう」
正確には746キロメートルですね。実際は空間転移で来たわけだが、なんだか優越感に浸ったので、このまま勘違いさせておこう。
「えー、ではこちらを受け取ってください」
そう言うと、受付嬢さんは机の上に、竜の紋章が彫られた楕円形の、緑色をした宝石が繋がれた首飾りと、同じく竜の紋章が刷られた指南書を受け取った。
「この首飾りが免許証になります。こちらの指南書には、冒険者に関する詳細が記載されています。よく読んでおいてください」
早速手に取り、まじまじと見てみた。美しい。緑色の宝石はツルツルとしている。
「免許証について説明しますね。これには階位があり、新米さんには、緑色の宝石がはめ込まれた首飾りが与えられます。依頼の達成、功績、評判等により段階が一つずつ上がる仕組みになっており、階位は下から順に、”緑位”、”青位”、“赤位”、“白銀位”、”白金位”と区別され、その階位によって請けられる依頼の幅が変化します。」
なるほど。つまり白金位になればいいわけだな。
「これは公式ではないですが、冒険者の間では愛称として順に、”グリーン”、”ブルー”、”レッド”、”シルバー”、”プラチナ”と呼ばれてますよ。……次の説明に移りますね」
これより先を、簡易的に説明するとこうなる。
パーティーを創ることができる。最大四人まで。
パーティーを創作したいならば、専用の紙に求める人材等記載し、専用の掲示板へ貼る。
受付付近の掲示板から依頼を選べる。
受注したい依頼を剥がし、受付に持っていく。その際に免許証を提示する。
依頼にはは期限があり、過ぎた場合は報酬が半減、又は無効となる。
一言で言えば注意事項。厳守すべき点だ。違反をした場合には罰則が講じられ、活動禁止や罰金等がある。さらには、階位の降下、免許証剥奪も。
「説明は以上となります。ではお疲れ様でした」
去り際に軽く御礼を言い、個室から退室した。
早速首飾りを掛け、一丁前になった気分を味わう。
取り敢えずの到達点は、白金位に成ることだな。
そうだ、宿屋を訪ねなくては。金銭的な問題はまだ良いとして、あまり遅くなれば、宿屋の部屋がが埋まってしまう。憶測だけれども、そんな予感がする。と言うわけで宿屋を探そう。
集会場を出て、またも歩き彷徨う。
三十分ほど彷徨っただろう。それなりの距離を歩いたが見つからない。正確には、空いている宿屋が無い。道中で街の地図を手に入れ、近場の宿屋を全て訪れたが、何処も彼処も空いていない。満室だ。まだ午前中だぞ。
空いている宿屋を探すのに、既に八軒は回っただろう。大抵、冒険者の様々なグループによって埋め尽くされていた。悪い例え方をすれば、冒険者の巣窟だ。
とうとう街の端までやってきた。最初に想像した城壁がすぐ見える。何故だか分からないが、焦りと劣等感が湧いてくる。
ここが最後の一軒。今までの宿屋と比べれば、決して豪華とは言えない。古い感じがする。そして辺りは人気が無い。営業しているかどうかすら疑ってしまう。
まあ他に行き場がない。最悪、野宿になってしまう。ここさえ営業していればどうだっていい! 頼むぞと強く願って木の扉を引いて開ける。
中は外装よりかなり綺麗であった。床や壁が傷んでいる様子が無く、埃も舞っていない。しかし、なんだか寂しい雰囲気だ。側にある机や椅子は、こまめに掃除している様で、埃が被っていない。
装飾が少ない受付の前へ向かい、店主を呼ぶ。
「すみませーん。予約お願いしたいんですけどー……」
……返事が返ってこない。店主が不在なのか、そもそもやっていないのか。
まずい。非常にまずい。恐れていた事態が発生してしまう。野宿は嫌だ。色々と買い揃えなければならなくなってしまう。そうすれば資金の大半を手放す事になりかねん。
大きく溜息をつき、トボトボと扉へ向かった瞬間、
「遅れました! すみません! 待ってください! ……きゃっ!?」
慌ただしく、可愛らしい女性の声が聞こえたが、足を引っ掛けたのか、バタンという音と共に倒れ伏せた。
なんだなんだと振り返る。声の主は受付所に隠れて見えない。
「あいたたた……」
服を手で払いながら、身体が起き上がった。そこには、当に救世主という名の店主がいた。整った顔立ちをし、乱れのない茶髪は肩まで下がり、掃除中か片付け中か、白い三角巾で頭を覆い、柄の無い茶色いエプロンを私服の上に身につけている。
俺は今、当に感銘を受けている。至福である。ここに辿り着いてよかった。宿が取れるとかよりも大きな感動が溢れ出た。
だが、一つだけ言いたい。腰にナイフを携えるのは如何なものか、と。しかも鞘がない。刃が露出している。
「えっ、ど、どうしましたか?」
「あ、いや、何でも無い。大丈夫です。ところでその刃物は……?」
「あ! 護身用ですのでお気になさらず。大人しくしていれば危害を加えませんよ!」
最後、誘拐犯のような言葉が聞こえた気がする。しかしこんな笑顔を生み出す娘が言うわけがない。そんなものは幻聴だろう。
「え……と、ご用件は?」
「あ、そうだった」
今の所持金はルイシュから口封じに貰った一万ジル、そして小包に入った十万ジルである。
(ジルは単位。価値は日本円と同等である)
「部屋の予約をお願いしたいんですけど……」
「あ、あー……。すみません。全部埋まってまして……」
えっ。えっ。えっ?
「全部の部屋、しばらくの間空きませんし、空いたとしても先の予約が……」
心の中の何かが、音を立てて崩れ落ちる。ここまで来たのに満員だと?
「そう……ですか……。お邪魔しました……」
「なんか……すみません……。物置小屋なら空いてますけど」
「結構です」
そんなものを客に提供するんじゃない。彼女なりの元気付けか冗談かも知れないが、絶妙に傷つく。
ションボリしながら宿屋を出る。
今夜は野宿……か。
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