一話 冒険が始まる
「さあ、着きましたよ」
これが転移魔法……! 目的地まで一瞬で着いたではないか! 素晴らしい。
欠点があるとするならば、やはり現在患っている偏頭痛であろうか。特別激痛ではないが妙に痛い。
目の前には、石材の城壁がそびえ立っている。見上げる程の高さ、所々には裂傷があり、何かと攻防したかのようである。上部には大砲やバリスタ等々が頭を揃えて設置され、迎撃用の武器が完備されている。
……という風景を、転移前までは想像した。
さて予想は合っているか、想像道りの光景が広がっているかと目を見開く。
なんということでしょう。視界は民家の壁に挟まれているではありませんか。おかげさまで太陽が見えません。後ろを振り返れば素敵な笑顔のルイシュ、そしてここは袋小路。
若干の動揺を表情だけに押しとどめて、数十秒前に名前を知ったルイシュに顔を向け、現状を尋ねる。
「……え……と、ここはどこだ?」
「もうお忘れですか? アルメス城の城下町ですよ。昨日伝えたじゃないですか」
どうすれば民家の間に連れてこられて『あ、アルメス城の城下町だ』と解釈できるんだ。
心の中で小さな反発を起こしつつ、一つの疑問が浮かび上がった。
「……ん?そもそも城下町に入るんだったら、何かしらの検査があるのでは?もしかして……」
「忘れてました、どうぞ一万ジルです。私からのささやかなお小遣いですよ」
「えっいや……」
「遠慮なさらず」
まさかの口止め料。なんの推測をする事なく、完全なる犯罪であることは間違いない。バレたら即豚箱行きじゃないか。急激に生活し辛くなったぞ。
しかしこの女、やたらと笑顔が怖い。確実に奥底に何かを秘めている。
「もう一度言いますが、あなたの使命は世界を守ること。期待していますよ。それでは、頑張ってくださいね」
「えっ……えっ?」
そう言うとルイシュは、また転移魔法を唱え、虚空へと消えていった。痕跡一つ残さず、それはもう完璧な犯罪のように。
「……人を犯罪者にして帰っていきやがった」
既に気落ちしてしまった。呆然と立ち尽くしてしばし。掌に収まっている金貨を見つめ、深く溜息を吐き出した。
同事に、鬱憤が抑えられた気がする。決意したように、その金貨をギュッと握りしめ
「……世界を守る、ねぇ……よし、行くか。冒険者生活と安堵が待っている」
とても希望に満ち溢れた、安泰な未来を見据えた言葉を口にする。
振り返り、光が降り注ぐ大通りのような場所へ脚を進めた。
どんな街並みだろうか、どんな出会いが待っているだろうか、どんな冒険が待っているだろうか。これまでの不安と愚痴と理不尽さを払い除け、いざ。
「お……おおお……!」
暗い小道から出てきたために、より一層明るく感じた。
豊かな街並みが広がっている。石畳で舗装された大通り、木製の柱で建てられた家々、華やかな装飾で人を呼ぶ路地販売店。多様な種族の民。
まだ視界に映る範囲だが、この街はに活気が溢れていることがよく分かる光景が広がっていた。
「ここがアルメス城城下町……、二回目『城』っていうのなんか詰まるな」
自分が発した言葉に、自らの言葉で突っかかった。端から見ればどんな人物だろうか。取り敢えず、独り言を抑えよう。それが一番だ。
さて、これからどうしたものか、と計画を立てていく。出発前に計画していたことは、これまでの衝撃により綺麗さっぱり無くなっている。
考えた末、やはり『冒険者』になるということに行き着いた。そもそも、当初の目的はこれである。
これもまた旅商人に聞いた話だが、冒険者は、『集会場』なる本拠地でわいわいと戦果を語ったり、酒を飲み交わすらしい。つまり、その集会場が何処かに在るはずだ! 早速街を見て回ろう。
意気揚々と巡回するロイン。しかし、ここでとある事に気付く。
……集会場の場所、分からないじゃん。
目的地を決定しても、目的地の場所が分からなければ意味が無い。
しばらく歩き回っていたが、この街の地図は無く、パンフレット的な物も無い。
ここで誰かに道を尋ねようと、穏便に事が運びそうな人を捜す。そこで、明らかに他の一般人とは見た目が異なる三人グループに目線を留める。簡単に容姿を説明するなら、武装している。楔帷子を身につけたり、鎧を身につけたり。
田舎者の自分でも分かる。あれは冒険者だ。
ガッチリとした堅苦しそうな人ではなく、若い男女である。だがしかし、落ち着け。あのような年頃の若者に関われば、下手すれば陥れられる可能性がなきにしもあらず。
あくまで可能性の話だが、何故かひどくこの意見に肯定的になれる。なんてったって、村の先輩が言っていた。奴は信用出来る。
となれば、物知りそうな老人に聞くのが最善策か、と再び辺りを見回す。
おやあれは?
今、自分が立っている大道りの奥、他とは面構えが違う建物があった。何より大きい。絶対あれだ。見えにくいが大きな柱も建っている。
取り敢えず向かってみると、先程の三人組が進行方向にいる。
集会場らしき建物まで差し掛かった。
立派な石膏造りの柱が両脇に建ち、正面には赤、緑、青の紐が垂れた、大きな木製扉が構えられた巨大な建物がある。全体は石膏で出来ており、太陽の光が斜めから反射している。
神殿と言われたら納得がいきそうなその外見は、所々出っ張りがあり、威圧感がある。まさに圧巻だ。
三人組は、目星を付けていた建物に入っていった。
この時、予想は確信へ変わった。間違いない、絶対そうだと。
後を付いて、集会場らしき建物の正面を数秒眺めてから、この立派な石膏の柱に挟まれた、これまた見事な扉の前へ。
……やってること、ストーキングじゃね? まあいいさ。
近くまで寄ると、建物内で罵声とも歓声とも例えられる騒音が聞こえる。野太い野郎の声に、活発は女郎の声が入り交じる。
きっとこれから、素晴らしい生活が始まるのだ……!
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