カルテNO.1 高橋(勇者)4/5
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「お話を伺った限り、高橋さんは抑うつ状態にあるようですね。気分の落ち込みや、やる気が出ない、倦怠感が強い、睡眠障害などがこれに当たります」
医師の説明を聞いて、高橋は「抑うつ状態……」と繰り返した。
「そうです。しかも、睡眠障害は2週間続いているとのことですので、うつ病といってもいいかもしれません」
高橋の理解を確かめて、医師は続けた。
「うつ病のことを『心の風邪』と例えることがありますが、これはおそらく誰でも罹患することがあるから、ということを表しているんでしょう。しかし、私にはうつ病が心の風邪とは思えません」
高橋は、医師の言葉を理解しようと真剣に耳を傾けた。
「風邪は悪化して肺炎になることがありますよね。少し乱暴な言い方になりますが、抑うつ状態が悪化して慢性化してしまった状態がうつ病といえます。先ほどの例えを引くなら、肺炎のほうに近い状態です」
医師が「ここまではいいですか?」と聞くと、高橋は黙ってうなずいた。
「風邪はひき始めが肝心ともいいます。抑うつ状態が固定して、慢性化する前に正しい対処ができれば、それだけ予後がいい。すなわち、治りが良いのです」
「だから」と言って、医師は高橋のほうに身を乗り出した。
「今のうちに一緒に抑うつ状態をやっつけましょう。抗うつ薬と、睡眠導入薬を処方します。1週間服薬して、また来てください」
白衣の隙間からのぞく、胸の谷間に気を取られながらも、高橋は思わず「あ、はい」と答えていた。
医師はにっこりと笑い、「お大事に」と言った。
高橋が礼を言って診察室を出ようとしたとき、医師が「あ、そういえば」と高橋のほうを振り返った。
「先ほど、高橋さん『女性のあなたに勇者の気持ちがわかるのか』とおっしゃいましたけど……」
高橋が、頭をかきながら「いえ、さっきは本当にすみませんでした」と頭を下げると、医師は笑って「いいんですよ、よく勘違いされますから。私、こう見えても男なんですよね」と、サラリと言った。