カルテNO.1 高橋(勇者)3/5
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「簡単に『よくわかる』なんて言ってほしくないですね、先生。女性のあなたに、勇者の気持ちがわかるんですか?」
高橋は涙をぬぐいながら、テーブル越しに医師を見返した。
「そうですね……」
患者からのこのような抗議は珍しくないのか、医師は動揺した様子も見せず、少し高橋から視線を外した。
「確かに私は勇者ではありませんし、パーティーを組んで『樹界深奥』に潜ったこともありません」
医師の言葉に、高橋はがっかりして視線を落とした。
「しかし、心に負った傷を癒そうと、もがき苦しんでいる人の痛みや辛さは、理解しているつもりです」
「え……?」
高橋が顔を上げると、医師と目が合った。
「私はここにクリニックを開く前、東京の心療内科クリニックで働いていたんです。患者さんたちの症状はバラバラで、もちろん悩みも人それぞれでした」
突然医師が自分のことを話し始めたため、高橋は面食らったが、黙って話の続きを聞くことにした。
「ある人は、職場で上司からパワハラを受けて。またある人は、家庭内暴力の犠牲に遭って。精神的に重傷を負った人たちが、次から次へと診察室にやってきました。私は最前線の衛生兵のような気持ちで診察していたのです」
高橋は、東京の心療内科クリニックの様子を想像した。待合室は人であふれ、しかし誰も言葉を発するものはなく、じっと心の痛みに耐えながら医師の診察を待っている。
「心の痛みは外からは見えません。どんなに心の傷が深くても、出血多量で死ぬことはありません。しかし、心が病んでいると、やはり人は死に至ることがあるのです」
医師の言葉の重さに、高橋は再びうつむいた。
「私は気づきました。職場でいつまで続くともしれないパワハラを受けるのも、底の知れないダンジョンでモンスターと闘い続けるのも、同じように人の心を蝕むのだと。そして、時に悲しい結末を迎えるということを」
高橋はうつむいたまま、拳を強く握った。
「だから、わかるんです。高橋さんが、どんなに心を痛めているのか。そして、つらい気持ちと闘いながら、どれだけ必死にもがいているのかが」
高橋が恐る恐る顔を上げると、やはり医師は優しい微笑みをたたえていた。
高橋は、またも溢れようとしている涙をなんとかこらえようと上を向いた。