カルテNO.1 高橋(勇者)2/5
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「『樹界深奥』には、高橋さんお一人で潜られたんですか?」
医師の問いかけに、高橋は「まさか!」と答えた。
「魔法使いやパラディンとパーティーを組んで潜ったんです。私は勇者なんですが、物理攻撃の要である私が抜けたことで、それ以上のアタックはあきらめ、ほかのメンバーも命からがらダンジョンを脱出しました」
医師は「なるほど」というようにうなずき、「それで、地上に戻ってからはどのように過ごされたんですか?」と聞いた。
「なんだか何もやる気が起きなくて…… テントで横になってました。仲間がもう一度潜ろうと誘いに来ましたが、どうでもいいかなって」
疲れた表情で語る高橋に、医師は「最下層まで到達したのに、そこから入り口に転送されてしまっては、やる気も起きないでしょうねぇ」と、同情の念を込めて言った。
「私は今回のアタックにすべてを賭けていたんです。下調べには時間をかけたし、ローンで必要な装備も揃えました。あと一歩だったのに……」
高橋は悔し涙を流しながら「魔導士が……」と、震える声で付け足した。
「よくわかります。ここには高橋さんのように、ダンジョンで心に傷を負った人たちが数多くいらっしゃいます。事情は人それぞれですが、皆さんの心の健康の回復をお手伝いしたいと考えています」
S県にダンジョンが現れ、冒険者たちが次々と『樹界深奥』を訪れるようになってから間もなく、冒険者たちのメンタルケアの必要性が唱えられた。
底知れず続く地下の閉鎖空間で、未知のモンスターと闘うことによるストレスは想像を絶し、ある者は仲間との死別をきっかけに、またある者は強力なモンスターとの死闘により、精神の安定を失うこととなった。
心を病んだ冒険者の自殺が取り沙汰されるようになり、一人の精神科医が行動を起こした。
『樹界深奥』の入り口まで歩いて数分、冒険者のメンタルケアの最前線基地として、『シンオウメンタルクリニック』を開院したのだ。