カルテNO.1 高橋(勇者)1/5
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「高橋さーん、診察室にどうぞ」
受付の女性から名前を呼ばれ、高橋は待合室の椅子から立ち上がった。
「高橋さんですね、どうぞそちらの椅子におかけください」
診察室に入った高橋は、医師に促され、テーブルを挟んで医師と向かい合って椅子に腰かけた。
「えーと、問診票に記入していただいた内容によると、最近眠れないとか」
医師は、高橋の記入した問診票を見ながら言った。
「はい。朝方少しウトウトするぐらいで、ほとんど眠れません」
「そんな状態が、もう2週間続いていると?」
「そうです」
「それはつらいですね。何か思い当たる原因はありますか?その、眠れなくなったきっかけとか」
「実は……」
高橋は少し言いよどんだ後、「樹界深奥の最下層で、魔導士に転送呪文をかけられまして…… 入り口まで戻されてしまいました」と答えた。
それを聞いた医師は、キーボードを打つ手を止め「それはお気の毒に……」と、高橋のほうを振り返った。
11年前、S県に突如現れたダンジョンは、深い森の中にその入り口があったため、『樹界深奥』と呼ばれるようになった。
ダンジョンがあれば入ってみたいと思うのが人間の性で、ダンジョンの謎を科学的に究明しようとする科学者や、数々のトラップやモンスターを相手に知恵と腕っぷしを試してみたいという猛者たちが、こぞって『樹界深奥』に挑んでいった。
その結果、ダンジョンは地下へと続く階層構造になっており、深く潜れば潜るほど、多くの貴金属や宝石を手に入れることができる代わりに、強力なモンスターが待ち構えているということがわかった。
犠牲者も多く出たが、一攫千金をもくろむ連中は後を絶たず、強力な武器や魔法を開発しては、各地からS県を目指した。
しかし、挑戦者たちは大切なことを忘れていた。冒険者とて、所詮人間。心を病んでしまうこともあるということを。