099 参ったねぇ。未完成とはいえ、魔法が使えなくなった俺にとっては、厄介過ぎる代物だぜ、このジョーカーってのは
惣左衛門は攻撃を先読みし、クロウリーが雷のセフィルを発射する前から、疾風の様な速さで、右側に駆け出していた。
それ故、雷撃の直撃は避けられたのだが、枝分かれした雷のセフィルの一つが、左前腕を掠めてしまった。
雷撃が掠めた左前腕に、惣左衛門は激痛を覚え、苦しげに呻き声を上げる。
掠めただけなのに、蚯蚓腫れが広がり、一部は焼け焦げた感じになる程、惣左衛門は左前腕に、酷い火傷を負ってしまった。
左腕の激痛を堪えつつ、続け様に放たれる雷撃を、惣左衛門は回避し続ける。
逃げ回りながら、惣左衛門は左腕を動かそうと試みるが、まともに動かない。
(左腕は使えそうにないか……痛むって事は、神経は生きてるんだろうが)
攻撃として放たれた雷のセフィル……雷撃は、攻撃のスピードが速過ぎる。
それ故、他の属性のセフィルによる攻撃の様に、移動するターゲットを追尾する様に、方向を操作したりするのは難しい。
雷撃は放つ際、狙い定めた攻撃範囲から逃げられてしまうと、後から操作して当て難いのだ。
先読みと見切りに優れる惣左衛門は、何とかクロウリーの雷撃を、避け続ける事が出来た。
(クロウリーの雷撃にしちゃ、威力が低過ぎる。攻撃範囲も狭いし、射程も短い)
回避しながらも、冷静にクロウリーの攻撃を、惣左衛門は分析する。
本来のクロウリーの雷撃であれば、セフィルによる防御がなければ、掠めただけでも、惣左衛門の左腕は消し飛んでいた筈。
だが、左腕が火傷で使えなくなった程度のダメージしか、惣左衛門は負っていない。
それは、クロウリーの雷撃の威力が、本来の威力よりも低いからこそなのだ。
クロウリーの本来の雷撃であれば、一辺が二百メートルの立方体である四宝の神殿など、全て埋め尽くす程の、攻撃範囲や射程距離がある。
半径三百メートル以下であれば、全方位攻撃が可能であり、特定方向に攻撃を絞った場合の射程距離に至っては、数キロメートルに達するのが、クロウリー本来の雷撃なのだから。
それなのに、今現在……クロウリーが連射している雷撃は、射程距離は百メートル程、広がる角度も、せいぜい六十度、高さは十数メートルといったところ。
本来のクロウリーの雷撃には、威力も攻撃範囲も射程距離も、遠く及ばないのだ。
(幾らクロウリーでも、魔法の二重発動なんて無茶をすれば、本来の威力は出せないってとこか?)
惣左衛門の推測通り、ジョーカーの使用中、クロウリーが二重発動する魔法の方は、その出力が制限される欠点がある。
二重発動する方の魔法の、魔法出力を上げ過ぎると、ジョーカーは崩壊してしまうのである。
ジョーカーを装着しながら発動する魔法、つまり二重発動する側の魔法の魔法出力上限は、ジョーカーや各種攻撃魔法の改良により、次第に上昇しつつある。
開発を続ければ、いずれは本来の威力に近い攻撃魔法を、クロウリーはジョーカーを纏いながら、使用出来るようになるだろう。
だが、今現在のクロウリーは、ジョーカーを身に纏いながらだと、本来の実力から程遠い威力の攻撃魔法しか、使用出来ないのだ。
(ジョーカーというか、魔法の二重発動は、まだ未完成といえる段階なんだろう)
次々と放たれる雷撃を、何とか見切って回避しながら、分析を続ける惣左衛門の頭に、クロウリーの言葉が甦る。
「魔法少女としての貴様を相手に出来る程まで、このジョーカーの開発が進んでいれば、貴様の息子を誘拐する必要など、なかったのだがね」
現在のジョーカーが、魔法少女であった頃の自分を相手にするには程遠い、未完成の状態であると、クロウリー自身が認識していた事が分かる言葉だ。
(未完成だからこそ、魔法少女だった俺相手に、クロウリーはジョーカーを使わなかった……いや、使えなかったんだ。魔法少女だった時の俺なら、今のジョーカー程度であれば、使ってないクロウリーの方が倒し難いからな)
魔法少女であった頃の惣左衛門からすれば、現在のジョーカー程度であれば、恐れるに足らない存在だ。
幾らジョーカーによる防御能力を得ても、魔法攻撃能力が弱体化すれば、魔法少女の頃の惣左衛門であれば、纏魔で雷撃などの攻撃を、ある程度は食らいつつも、すぐに間合いを詰められる。
間合いを詰めてしまえば、魔法少女の惣左衛門であれば、鋼のセフィルの甲冑を破壊し、クロウリーを仕留められる。
未完成のジョーカーにより、鋼のセフィルによる防御能力を得た上で、中途半端な攻撃魔法で攻撃する戦闘スタイルよりも、異常なまでに強力な攻撃魔法に特化した戦闘スタイルの方が、魔法少女としての惣左衛門にとっては難敵だ。
だが、魔法を失った惣左衛門の場合、話は別となる。
雷撃などの魔法攻撃を、今の惣左衛門は防ぎ切れないので。
雷撃の一部が掠めただけでも、左腕が酷い火傷を負い、使い物にならなくなるのだ。
まともに食らえば、一発でも惣左衛門は、死に至りかねない。
しかも、創造魔法で作り出された、鋼のセフィルで出来た甲冑で、全身を覆って身を守るクロウリーには、魔穢気による攻撃を含め、鬼伝流の全ての攻撃は通じない。
つまり、クロウリーを倒す方法の目処すらつかないのが、惣左衛門の現状なのだ。
一発でも攻撃を食らえば追い込まれるのに、クロウリーを倒す方法すら思い当たらない状況に、惣左衛門は追い込まれているのである。
(参ったねぇ。未完成とはいえ、魔法が使えなくなった俺にとっては、厄介過ぎる代物だぜ、このジョーカーってのは)
冷や汗を浮かべつつ、惣左衛門が十二発目の雷撃を、際どい間合いでかわした後、雷撃が止む。
ジョーカーのランランシールドのノズルからは、ガスが切れたライターが出す火花の様な、雷撃とは程遠い小さな稲妻が、噴出している。
クロウリーがいるのは、惣左衛門から百メートル程、離れた辺り。
元から視力が抜群に優れている上、気の力で視力を強化出来る惣左衛門には、この距離からでもクロウリーの様子は、正確に視認出来る。