095 魔法の進化を体現する、ジョーカーの姿を見せてやろう! 貴様を倒す、新たなる時代の魔法の話を、あの世への土産話にするが良い!
「話はついたようだな」
硝子のセフィルを挟み、クロウリーから五メートル程の辺りに立っていた惣左衛門は、クロウリーに声をかける。
「何だよ、ジョーカーってのは? えらく切り札っぽい名前だが」
自然な姿勢で、通常の気と穢気を練り……補充しつつも、惣左衛門はクロウリー達の会話に、聞き耳を立てていた。
全てが聞こえた訳ではないのだが、「ジョーカー」という自分が知らない魔法……もしくは戦闘方法について、クロウリー達が話していたらしいのを、惣左衛門は把握していたのだ。
「ジョーカーとは、我が切り札にして、魔法の進化の魁! 常に進化と発展を続ける魔法文明は、また新たなる段階に進化する!」
力強い口調で、クロウリーは惣左衛門に答える。
「魔法の進化を体現する、ジョーカーの姿を見せてやろう! 貴様を倒す、新たなる時代の魔法の話を、あの世への土産話にするが良い!」
そう言い放つと、クロウリーは胸の前で祈る様に両手を合わせ、呪文の超高速詠唱に入る。
複雑な創造魔法であっても、大抵は数秒で詠唱を終えられるクロウリーなのに、今回の呪文詠唱は、数十秒が過ぎても終わらない。
真夏の炎天下に立っているかの様に、顔には脂汗を浮かべている。
相当に高度な魔法ですら、負担など覚えずに発動してしまうクロウリーにしては、異様な呪文の詠唱場面である。
明らかに、普通では無い様子で、魔法の発動を続けるクロウリーの姿を目にして、惣左衛門は思わず背筋に、冷たいものを感じる。
本能的に危険な何かを察し、惣左衛門は身震いしたのだ。
直後、一分を過ぎた辺りで、クロウリーは呪文の超高速詠唱を終了。
クロウリーの足元には、大き目の円形の魔法陣が、胸元にはバレーボール大の、目も眩む様な光を放つセフィルの塊が、それぞれ姿を現す。
(――かなりのセフィル量だな)
クロウリーが出現させたセフィルの塊を目にして、惣左衛門は推測する。
セフィルの塊の大きさと光の強さは、セフィルの量を示していて、大きい方が……光が強い方が、セフィルの量は多いのだ。
(魔法駆動巨像が三体は作れそうだが、クロウリーには魔法駆動巨像を作り出せはしない筈だし……何を作り出す気だ?)
クロウリーが作り出したセフィルの塊を目にすれば、それが尋常な量ではないのが、惣左衛門には分かる。
既に魔法を失いはしたが、惣左衛門は魔法少女として一年半を過ごした、魔法戦闘の専門家なのだから。
一人の魔法使いが発動する場面に限れば、これまで惣左衛門が目にした中では、最大といえる魔力とセフィルを投じた魔法が、発動しようとしているのだ。
その光景を目にして、驚き焦りそうになる心を、惣左衛門は理性で抑え込む。
片手で掴むには大き過ぎるセフィルの塊を、クロウリーは両手で掴むと、足元の創造魔法陣に叩き付ける。
すると、少しの間を置いて、銀色に輝く粒子群が噴出し、クロウリーの身体を包み込み始める。
クロウリーを包み込んだ銀色の粒子群は、三十秒程で人型の金属の塊となる。
銀色に輝く、西洋風の甲冑となり、クロウリーの全身に装着されたのだ。
金属板を組み合わせて作られた、プレートアーマーと呼ばれるタイプの、全身を覆う甲冑である。
曲線が多用された優美なデザインであり、身体の各所には銀の星教団の紋章が刻まれている。
「あれは、さっきの?」
甲冑の右腕には、惣左衛門には見覚えのある物があった。
先程、クロウリーが創造魔法の発動を試した際、作り出したランタンシールドが、クロウリーの甲冑の右腕に、装着されていたのだ。
「使えもしないか……まぁ、これは確かに、まだ使える段階の物ではないがね」
ランタンシールドはクロウリーにとっては、まだ未完成な魔法の一部であった。
それ故、ランタンシールドだけを作り出した時、この様に発言したのである。
その魔法とは、甲冑を作り出すものであり、クロウリーは先程、魔法の一部だけを発動し、ランタンシールドを作り出していた。
未完成の魔法とはいえ、この甲冑を作り出す魔法に頼らざるを得ないかもしれないと考え、クロウリーは魔穢気疾風の効果が切れ、魔法が発動出来るかどうかを試す際、この魔法の発動テストも行っていたのだった。
ちなみに、左腕はランタンシールドではなく、普通の篭手風であり、一見すると武器は無い様に見えるのだが、篭手の中に二本のスパイクが格納されている。
接近戦の際は、篭手からスパイクを出して、敵を突き刺して攻撃出来るのだ。
「――魔法武器ですらない、ただの鋼のセフィルの甲冑にしか見えないが……」
何等かの属性のセフィルを纏っているようには見えない、クロウリーが作り出した甲冑に対する、率直な感想を述べた上で、惣左衛門は問いかける。
「それがジョーカーなのか?」
「如何にも、その甲冑こそが……ジョーカー!」
惣左衛門の問いには、クロウリーではなく、カリプソが答えた。
「――魔法の常識を破り、新たなる段階に、魔法使い達を……進歩させる魁にして、貴様を……葬り去る、クロウリー様の……切り札だっ!」
苦し気に、それでいて満足気に言い放った直後、カリプソは再び吐血。
前のめりに倒れ込む。既に身体は限界を迎えていたのに、カリプソは気力を振り絞り、何とか意識を保ち、防御障壁を維持し続けていた。
ジョーカーの出現を目にして、自分の果たすべき役目を果たし終えたとばかりに、気力の方も限界を迎えてしまったのだ。
地に伏せると同時に、カリプソとクロウリーを守り続けていた、硝子の防御障壁のあちこちが、金色の光の粒子群となり、消滅していく。
「カリプソ!」
クロウリーは後ろを振り返り、カリプソに駆け寄ろうとするが、甲冑の重さのせいで、その動きは鈍く、駆けるというより歩くという感じになってしまう。
「防御障壁が……消えます、私の事は、捨て置き……下さい」
限界を迎えたカリプソは、消え入りそうな声で、言葉を続ける。
「御武運……を……」
カリプソの言葉と意識は、途切れる。
硝子のセフィルは完全消滅し、金色に輝く粒子群も、大気に溶けて消え去る。