093 ここは、ジョーカーを……使うべき場面かと
「大丈夫か?」
慌てて訊ねるクロウリーに、カリプソは気力を振り絞って、答える。
「――申し訳ありません、そろそろ……限界の様です」
「謝罪は不要だ、貴様は良くやってくれた!」
「私の防御障壁は……数分程度しか、もたないでしょう。私の防御障壁が消える前に……次の手を!」
カリプソの言葉を聞いて、クロウリーは迷う。
カリプソに代わり、自ら防御障壁を作り出し、自分とカリプソの身を守り続けるか、それとも別の手で、勝負に出るかを。
五人の部下達は、惣左衛門の近くに倒れているので、カリプソの防御障壁同様、クロウリーにも守る事が出来ない。
「防御障壁で守りを固めても、ただ消耗し……追い込まれるだけです」
苦痛に顔を歪めながら、カリプソは助言する。
カリプソ自身は、既に自力での回復は不可能。クロウリーなら癒しの魔法で、カリプソの身体を治療出来るが、治療には時間がかかってしまう。
カリプソの治療が終わる前に、カリプソが展開した防御障壁は、間違いなく消滅する。
癒しの魔法で治療する際、クロウリー自身は防御障壁を展開出来ないので、カリプソの防御障壁が消滅すると、惣左衛門に無防備な姿を曝す羽目になる為、治療を続けられなくなる。
つまり、カリプソの戦力復帰は絶望的であり、クロウリーは一人で惣左衛門と戦わなければならない。
そして、防御障壁を展開し、守りを固めると、クロウリーが一方的に、魔力と体力を消耗し続けてしまう。
クロウリーの場合、長時間……魔法を使用し続けても、魔力の方は問題無いが、体力の方には問題がある。
防御障壁で自分とカリプソを守り続けても、クロウリーは消耗するだけであり、いずれ体力の方が尽きてしまい、防御障壁を維持出来なくなり、追い込まれる。
惣左衛門の方も、魔穢気を操る戦闘法は負荷が重く、短時間しか続けられない。
その事を、カリプソは見抜いていた。
魔穢気という名称こそ知らないが、惣左衛門が邪気(鬼伝流における穢気)と似た気を操り、戦っていると、カリプソは考えている。
そして、邪気を操る戦闘法は、身体に重い負荷をかける事を、カリプソは知っていた(カリプソ自身、邪気を操る技を、少しは使えるので)。
だが、惣左衛門はクロウリーとは違い、邪気に似た気を操り続ける必要は無い。
負荷が限界を超えそうになれば、邪気や邪気に似た気を放出して、身体を休めればいいのだから。
惣左衛門が邪気や邪気に似た気を、体外に放出しても、気を視認出来ないクロウリーには、気付けない。
つまり、惣左衛門が身体を休めている事すら、クロウリーは見抜けないのである。
防御障壁で守りを固め続けると、クロウリーは主に体力を消耗し続けるが、惣左衛門は元から体力に優れている上、クロウリーに気付かれずに、身体を休められる。
そうなれば、追い込まれるのはクロウリーの方だと見抜けたので、カリプソはクロウリーに、先程の様に助言したのだ。
ちなみに、持久戦となった際、魔穢気や穢気を放出してしまっても、惣左衛門の場合は問題にはならない可能性が高い。
穢気は自在に練り上げられるし、クロウリーやカリプソのセフィルを利用すれば、魔穢気の補充は可能なので。
「ここは、ジョーカーを……使うべき場面かと」
カリプソは、助言を続ける。
「クロウリー様御一人で、鬼宮惣左衛門の攻撃を……防ぎつつ、攻撃を行って倒せる手段は、ジョーカーしか……ありません」
カリプソが口にした助言は、クロウリー自身の考えと同じであった。
ここで守りに徹して追い込まれるよりは、惣左衛門も知らぬ奥の手……ジョーカーを使い、勝負に出るべきだという考えに、クロウリーも至っていたのだ。
ジョーカーとは、クロウリーが密かに開発を続けていた、現在の魔法戦闘の常識を打ち破る、新たなる魔法の仮称(正式名称でないのは、まだ完成に至っていない為)。
情報の漏洩を防ぐ為、銀の星教団においても、記憶にプロテクトをかけられる、上級魔法使い以上の幹部にしか、ジョーカーの存在は知らされていない。
大抵の魔法少女相手が相手なら、一対一の勝負であれば、クロウリーは余裕で勝てるのだが、惣左衛門相手となると、最近では一対一だと、完全に劣勢に立たされていた。
そんな惣左衛門を倒す為に、クロウリーはジョーカーを開発していたのだ。
魔力においては惣左衛門と互角、魔法の技術においては、惣左衛門を遙かに上回っているクロウリーは、攻撃魔法においても防御魔法においても、能力的には惣左衛門以上といえる。
最強の魔法駆動巨像である、惣左衛門の鳳凰ですら、クロウリーは強力な攻撃魔法で、過去に何度も完全破壊に追い込んでいるし、惣左衛門の最大威力の攻撃ですら、防御障壁で何度も防ぎ切った事がある。
そもそも、圧倒的な魔力と、多彩な攻撃魔法を操るクロウリーの場合、惣左衛門以外の魔法少女相手の戦いであれば、防御自体が不要であった。
桁外れの威力と長射程を誇る攻撃魔法を、魔力切れなど気にせず使えるクロウリーは、魔法少女の放つ遠距離攻撃魔法など、自身の攻撃魔法で打ち消してしまえた。
遠距離攻撃が駄目ならと、近接戦闘を挑もうとする魔法少女がいても、クロウリーは接近自体を許さない。
全方向を攻撃範囲とする、圧倒的な威力と手数の攻撃魔法により、魔法少女の接近を、完璧に止めてしまえたので。
武術に通じていない、魔法使いや魔法少女は、纏魔や魔法武器を使えない為、攻防一体の戦闘を行い難い。
そのせいで、攻撃と防御の魔法を切り替える隙を、敵に狙われ易い弱点がある。
クロウリーは武術に通じていないので、纏魔や魔法武器を使えない。
その代り、膨大な魔力を生かした攻撃魔法により、敵の攻撃自体を封じる戦い方を編み出し、クロウリーは実質的に、攻防一体の戦闘を可能としていたのだ。