092 貴様は本当に、人間か?
まず、惣左衛門はカリプソの経穴がある辺りを狙い、多数の掌打を当てた。
これは、ただの掌打ではなく、両手の甲に溜めた、普通ではない気……穢気を、両掌から僅かに放出する、穢気掌打であった。
本来の穢気掌打は、相手の皮膚に穢気を付着させ、相手の身体にダメージを与える技なのだが、シドリ製の戦闘服を着たカリプソに、ダメージを与えられはしない。
だが、シドリ製の戦闘服が纏う、薄い防御用のセフィルに、穢気を付着させる事は出来る。
セフィルに付着した穢気は、すぐにセフィルと混ざり始め、魔穢気へと変わる。
つまり、惣左衛門は魔穢気を作り出す為、カリプソを掌打で攻撃していたのだ(それをカリプソは見切れず、牽制の掌打だと勘違いしてしまっていたが)。
続いて、惣左衛門は手型を三前趾として、カリプソを突き始めた。
この時、カリプソは惣左衛門が、点穴……経穴を突く攻撃を行っていたと、勘違いしていたのだが、惣左衛門の目的は、経穴を突く事ではなかった。
実は三前趾の四本の指全てで、惣左衛門は魔穢気吸いを行っていたのである。
魔穢気と化している辺りを指先で突き、スポイトで水を吸い上げる様に、指先から魔穢気を吸い込み、手の甲に溜め込んでいたのだ……穢気とは別々に。
そして、ほぼ同じタイミングで、カリプソの経穴付近の魔穢気が、消滅を開始。
魔穢気操穴で狙う為、わざわざ魔穢気を吸わない様にしていた、カリプソの左肩にある経穴、肩髃の辺りの、セフィルによる防御が、著しく薄くなった。
カリプソの左肩辺りから、魔穢気が消滅するのを見れば、セフィルによる防御能力が、極端に落ちているのが、惣左衛門には分かる。
そのチャンスを見逃さず、惣左衛門は左手の中指で肩髃を突き、手の甲に溜め込んだ魔穢気を、経絡に流し込んだ……魔穢気操穴を決めたのだ。
魔穢気操穴を食らい、身体は動かなくなり始めたのだが、それでもカリプソは戦い続けようとした。
だが、肩髃と同様に、セフィルによる防御力が殆ど失われた、左鎖骨の近くにある経穴……中府にも、カリプソは魔穢気操穴を決められた。
その結果、カリプソは身体が殆ど動かなくなった。
シドリ製の戦闘服の防御能力は、まだ機能していたのだが、カリプソは運悪くも、早々とセフィルが消えてしまった部分に、惣左衛門の燕蹴りを食らってしまったのだ。
カリプソは燕蹴りで吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられた。
魔穢気操穴によるダメージに、燕蹴りのダメージまでが上乗せされ、この時点でカリプソは、完全に身動きが出来ぬ状態となった。
惣左衛門ですら、確実に気絶状態に追い込めたと、確信していたのだが、カリプソは気の流れを操作し、何とか気絶を回避。
そのまま気絶したフリを続けながら、魔穢気を体外に排出するのにも成功した。
残された最後の力で、クロウリーの危機を魔法で救いはしたが、魔穢気操穴を食らった結果、カリプソの身体は、吐血する程にボロボロになっていた。
既に戦闘は不可能な状態に、カリプソは追い込まれている。
魔穢気疾風の方は、カリプソを倒した後、クロウリーの魔法発動を阻害する為に、利用された。
その後、クロウリーの盾となった、五人の魔法使い達は、ほぼカリプソと同様の方法で倒された。
カリプソと違い、気を操る能力を持たないので、五人の魔法使い達は気絶し、数時間は目を覚ませなくなっている。
「最新の武器で武装した軍隊ですら、倒せない魔法使いを、武術で倒すとは……」
倒された魔法使い達から、惣左衛門に目線を移しつつ、クロウリーは問いかける。
「貴様は本当に、人間か?」
「――鬼伝流の名の由来は、鬼から伝えられた武術だからって事になってるんだが、もう一つ……別の由来がある」
しゃがみ込んで、魔法使い達の身体に触れつつ、惣左衛門はクロウリーの問いに答える。
「鬼の血を伝える鬼宮の人間が、その力を操る為の武術流派であるが故に、鬼伝流と呼ばれているって由来がね」
惣左衛門が魔法使いに触れたのは、魔穢気を補充する為。
魔穢気操穴の効果により、魔法使い達は一時的に、魔力を発生させられなくなっている。
だが、そうなる前に発生し、魔法使い達の体内に残留している魔力を、シドリ製の戦闘服は、セフィルに変換し続けているのだ。
シドリ製の戦闘服は、魔法使いが明確な意志を持って、機能を停止しない限り、自動的に魔力を防御用セフィルに変え続けてしまうので。
つまり、倒れた魔法使い達が着ている、シドリ製の戦闘服は、まだセフィルを纏っているのだ。
そのセフィルに、触れた掌から穢気を放射し、一部を魔穢気に変えた上で、惣左衛門は魔穢気吸いを行い、魔穢気を補充しているのである。
ちなみに、魔法使いが気絶すると、発生させたセフィルも、通常は消滅する。
シドリ製の戦闘服が発生させるセフィルにおいても、それは変わらないので、気絶した魔法使い達の戦闘服が纏うセフィルは、発生した後……すぐに消滅してしまう。
ただし、セフィルと穢気を混ぜ合わせた魔穢気は、体内に溜め込むと、暫くの間は存在し続ける。
それ故、気絶した魔法使いのセフィルを利用し、作り出した魔穢気を、惣左衛門は体内に取り込んで、暫くの間は利用出来るのである。
「鬼伝流の武術は、鬼宮の血を引く人間でないと、まともに使いこなせなかったりもするから……」
魔穢気の補充を終えた惣左衛門は、立ち上がりながら言葉を続ける。
「案外、俺には本当に鬼の血が流れていて、少しばかり人間じゃない部分も、あるのかもしれないな」
惣左衛門の言葉の後、カリプソが血を吐いて崩れ落ち、その場に膝をつく。