009 息子が嫌がるんだよ……俺が、この格好でテレビ出るの
仮面の魔女カリプソは、銀の星教団において、四天王に次ぐ地位に就いている上級幹部である。
人前に姿を現す時は、常にマジックブースターである黒い仮面……ブラック・メイデンを被っている為、仮面の魔女……マスクド・ウイッチの異名を持つ。
仮面で顔を隠しているせいもあり、カリプソの素性は明らかになっていない。
しかし、録音された音声や、仮面が隠し切れない口元や目元の感じから、年齢は二十代前半だろうと推測されている。
クロウリーや四天王に劣る地位とはいえ、上級魔法使いであるカリプソの魔力は強力で、魔法の技術も高い。
しかも、カリプソは古武術と思われる武術の達人であり、戦闘センスは極めて高い。
魔法と古武術を組み合わせた、カリプソの総合的な戦闘能力は、クロウリーや四天王を上回るとさえ言われている。
飛行能力が低い事以外、カリプソには欠点が見当たらない。
これまで、カリプソが倒した魔法少女の数は、クロウリーの三十九人と、四天王のルドラの二十九人に次ぐ二十三人。
それ故、カリプソは魔法少女達にとっても、畏怖され、警戒されている難敵である。
無論、カリプソと数々の激闘を繰り広げて来た惣左衛門も、カリプソを難敵だと警戒している。
しかし、警戒するのと同時に、惣左衛門はカリプソの事を高く評価し、気に入っていた。
何故なら、カリプソが常にシュタイナー協定を遵守し、非戦闘員には手を出さないのは当然、戦閣員ですら、必要以上に傷つける事は無い魔女だったからである。
武術に通じ、フェアな戦い方を好むカリプソに、自分と何処か共通するモノを、惣左衛門は感じていたのだ。
「大阪で捕えて魔法拘置所送りにしたルドラを尋問して、カリプソの正体が分かれば、有り難いんだがな……」
「残念ながら、それは難しいでしょうね。惣さんが大阪を飛び立った後、一応……ルドラ相手に、記憶映像化能力を試してみたんですが、何も読み取れませんでしたから」
淡々とした口調で、榊は言葉を続ける。
「奴は惣さんに捕らえられる寸前、自分の記憶にプロテクトをかけたようです。流石は上級幹部といったところですか」
自分の記憶にプロテクトをかけてしまうと、魔法使い自身の魔法能力が、著しく落ちてしまう。
故に、プロテクトをかけられる魔法使いであっても、追い込まれるまではプロテクトをかけない場合が多い。
倒される直前まで、ルドラは惣左衛門にこそ圧倒されたが、他の魔法少女達には遅れを取らない、高い戦闘能力を見せ付けていた。
その戦闘能力の高さから、ルドラが倒される寸前まで、記憶にプロテクトをかけていなかったのは、榊の見立てでは明らかだった。
ちなみに、ルドラの戦闘スタイルは、古武術と魔法を組み合わせたもので、カリプソと似ている。
それを根拠とし、ルドラとカリプソには、何等かの個人的な関係があると、推測する者もいる。
「自分の記憶にプロテクトをかける魔法は、魔法使いが睡眠中であっても、効果が持続するので、ケマの書を消滅させるまで、私の記憶映像化能力は、たぶんルドラには通用しません」
「そうか……」
惣左衛門が、残念そうに呟いた直後、モスグリーンのスーツを着た二十代前半の女性が、惣左衛門達の前に姿を現す。
「魔法少女の皆さん! 今回の事件に関する記者会見を始めますんで、会見場に集まって下さい!」
女性……宮島栞は、警視庁の人間なのだが、現在は魔法少女達の活動をサポートする為に、規格外犯罪対策局という内閣府直属の特務機関に、出向中の身である。
「記者会見……止めようよ、恥ずかしいからさー」
露骨に嫌そうな顔で、柊は言った。
「確かに、俺もパスしたいな……」
惣左衛門も、柊に同意する。
「息子が嫌がるんだよ……俺が、この格好でテレビ出るの」
ミニスカートの裾を摘みながら、惣左衛門は困った様な顔をする。
「そんな~! 記者会見して貰わないと、困りますよ~!」
二人の魔法少女に記者会見を嫌がられ、栞は狼狽える。
「私達の活動費や給料は、国民が払った税金から出てる訳ですから、国民に情報を提供する為の記者会見も、私達の仕事の一部だって思わないと……」
榊の物分かりの良い発言に、栞は救われた様な顔をする。
「榊さんの言う通りです! 御願いですから、記者会見に出て下さい~! 先週、惣左衛門さんが記者会見前に、行方をくらませた後、私は課長に無茶苦茶怒られたんですから~」
栞に懇願され、惣左衛門と柊は嫌々ながらも、記者会見に出る事を承諾する。
「――でも、この格好で記者会見に出るのは、お断りだよ。ソウリエイション! 我がセフィルよ、青き目利安の運動着となれ!」
ソウリエイションとは、魔法少女達が使う、創造魔法の発動コマンドである。
惣左衛門は創造魔法で、青いメリヤス生地製の運動着……要するに、青いスポーツ用のジャージを造り出し、ワンピースの上から着込む。
ワンピース自体がタイトなデザインであり、丈も短いので、ワンピースの上からジャージを着込んでも、不自然さは無い。
「何時の間に、ジャージを作る創造魔法なんか、使える様になったんだ? 戦いに必要無いだろ、そんなの!」
柊は文句を言いながら、ジャージ姿に着替えた惣左衛門の、ジャージの生地を摘む。
「中学校に上がってから、うちの息子……俺が魔法少女のフォーマルスタイルでテレビとかに露出するの、露骨に嫌がる様になったんだよ」
フォーマルスタイルとは、魔法少女にとっての基本的なコスチュームの事である。
惣左衛門の場合、ブルーで統一されたワンピースを中心としたコスチュームの姿が、フォーマルスタイルなのだ。
「そう言えば、惣さん所の一刀斎君、中学一年生でしたね。微妙なお年頃だな……」
「だから、フォーマルスタイルでいる必要がある、戦闘時とかは無理だけど、記者会見なんかの時は、ちゃんと父親らしい服装でいようと思ってね、ジャージを造り出す創造魔法を使える様に、セフィロトの首輪に登録したんだ」
「成る程……。ジャージが父親らしい服装かと言えば、微妙だけど、女の子風のワンピースよりは、遥かにマシですね」
感心した様に、榊は領く。
「私は元から女ですから、惣さんや柊みたいな悩みが無いのは、運が良かったと言えるのかな」
「そうだな、その点に関しては、榊が羨ましいよ」
羨ましそうに、惣左衛門は呟く。
そのまま、三人の魔法少女達は栞に先導され、国会議事堂の敷地内に、急遽セッティングされた記者会見場に向かうと、詰め掛けた取材陣相手に、今回のテロ事件に関する記者会見を行った。
閣僚全員を含む多数の国会議員達が、一時的に拉致され、魔法主義者に洗脳されそうになった、銀の星教団による国会議事堂襲撃占拠事件は、こうして幕を閉じた。
死者や重傷者、洗脳被害者は出る事が無く、事実上の被害は、僅かに出た軽傷者と、国会議事堂やグローバルスタジオジャパン施設などの、損壊だけだったのだ。
銀の星教団の野望は、鬼宮惣左衛門を中心とする魔法少女達の活躍により、完全に打ち砕かれた。
蒼天の二つ星作戦は、失敗に終わったのである。
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