088 ――殺す覚悟でなければ、止められない相手だったか
「大丈夫か?」
カリプソの元に歩み寄り、クロウリーは心配そうに問いかける。
「――まぁ、何とか」
苦しげな口調で、カリプソは言葉を返す。
「おいおい、冗談だろ?」
信じられないと言わんばかりの口調で、惣左衛門は続ける。
「数時間は動けない筈なのに、魔法まで使いやがるとか……」
惣左衛門がカリプソに行った攻撃は、意識を失わせ、数時間は身動きすら出来ない程のダメージを与える筈であった。
それだけのダメージを与えた手応えも、惣左衛門は覚えていた。
故に、カリプソに意識が有り、尚且つ魔法を発動してクロウリーを守り、起き上がろうとしてる事が、信じ難かったのだ。
「――数時間は……動けない筈だと? そんな腐抜けた覚悟で、私を退けられると思うな!」
よろめきながらも立ち上がりつつ、言い放つカリプソは、激痛に顔を顰めている。
声も言葉とは裏腹に、苦しげで不安定だ。
吐血したらしく、口の周りが、唇に紅をさしそこなったかの様に、汚れている。
「気を操れるのが、貴様等……鬼伝流の人間だけだと思っていたか? 私を退けようとするなら、貴様は殺すつもりで、あの点穴を使うべきだった!」
あの点穴とは、惣左衛門がカリプソに使った、操穴の技の事。
惣左衛門は、自分がカリプソを一度は倒しながら、短時間での復活を許してしまった理由を、カリプソの言葉を聞いて理解する。
参ったなと言わんばかりに、頭を左手で掻きながら、惣左衛門は呟く。
「――殺す覚悟でなければ、止められない相手だったか」
敵であっても、可能な限り殺したくないというのが、惣左衛門の本音。
だが、惣左衛門がカリプソ相手に使ったのは、魔法使い相手であれ、加減を誤まれば簡単に殺してしまう技であり、尚且つ……惣左衛門ですら、完全には使いこなせない危険な技。
それ故、大雑把にしか威力の加減が出来ない為、百の威力で放てば殺してしまう技を、何とか八十辺りで抑える事しか、惣左衛門には出来ないのだ。
八十を越えた威力となると、百を越えた威力でしか放てなくなる為、惣左衛門は相手を殺してしまう羽目になる。
殺しを好まない惣左衛門は、カリプソ相手にも、殺さずに済む範囲では最大といえる、八十程度の威力で、技を放った。
しかし、カリプソ相手に、それは無用な気遣いであった。
実は、気を操れる者は、経絡を流れる気を制御出来るので、操穴や点穴などの、経穴に気を流し込む系統の技の効果や威力を、ある程度は軽減出来る。
そして、気を操る高度な能力を、カリプソは持っていた。
カリプソは中国武術の流れを汲む、とある日本の古武術を基本として、様々な武術や格闘技の技までも、節操無く取り込んで使っている。
基本とする武術の源流が中国武術である為、カリプソは惣左衛門には遠く及ばずとも、気を操る事が出来たのだ。
気を操る高度な能力を持つカリプソは、今回……惣左衛門が使った技の威力を、軽減する能力も高かった。
結果、八十程度の威力で放たれた技では、倒されはしたが、気絶した訳ではなかったのである。
先程の近接戦闘で、惣左衛門に倒されたカリプソは、必死で経絡の気の流れを制御し、気絶を免れていた。
倒された直後は、身体も全く動かなかったのだが、気の流れを操作する事により、惣左衛門に流し込まれた気を、経穴から全て排出し、少しだけ動ける状態まで数秒で回復した。
倒れた状態のまま、惣左衛門や仲間達の戦いの様子を窺っていたカリプソは、クロウリーの危機を察した。
何とか動く様になった口で、創造魔法の呪文の超高速詠唱を行い、右手を動かしてセフィルの塊を、頭上ではなく身体の下に出現した創造魔法陣に投入し、自分とクロウリーを守れるだけの、硝子のセフィルの防御障壁を、カリプソは作り出したのである。
カリプソの身体はボロボロであり、既に格闘戦を行える状態ではないし、更なる魔法の使用も不可能。
気絶を免れ、多少は身体も動かせる状態ではあるが、惣左衛門の攻撃で受けたダメージは深刻であり、一度でも魔法を使用し、身体を動かせているのが、奇跡に近い程の状態なので。
それでも、カリプソは絶体絶命の危機から、クロウリーを守る事に成功した。
カリプソの気を操る実力の高さと、その必勝への執念が、ボロボロの身体を動かしたのである。
惣左衛門は八十ではなく、百以上の威力で……カリプソを殺し得るだけの威力で、技を放っていなければ、そんなカリプソを止められはしなかったのだ。
その事を、惣左衛門は今更、思い知っていた。
気を操れぬ者には、不可能な運動能力を見せていたので、カリプソが気を操れるのは、惣左衛門も知っていた。
ただ、カリプソの気を操る能力の高さを、低く見誤っていた為、百以上の威力で技を放つ判断が、惣左衛門には出来なかったのだ。
「――矢張り、創造魔法の防御障壁は、崩せないようだな」
硝子のセフィルの防御障壁に、攻撃を止められたまま、次の攻撃に入れず、攻めあぐねている惣左衛門を目にして、カリプソは笑みを浮かべつつ言い放つ。