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085 魔法使いに、点穴が効かない事すら、忘れたか?

 惣左衛門は掌打を放つのを止め、手のかた……手型しゅけいを変える。

 掌を開いた状態から、親指を下げ、小指を折り畳み、残り三本の指を程良く開いた、三前趾さんぜんしという鬼伝流独特の手型に。


 三前趾の名は、鳥類のあしゆびの形を、その由来としている。

 隼などのタカ目の趾は、第一指が後ろに向き、残り三本の趾が前を向いているので、三前趾足さんぜんしそくと呼ばれている。


 隼打ちなど、鬼伝流は多くの言葉を、隼などの猛禽類を中心とした鳥類関連の言葉を、引用している。

 三前趾も、その一つという訳だ。


 三前趾を使うのは、戦闘時に経穴を突く、操穴の技を使う場合。

 戦闘中でなければ、人差し指一本で突く場合が多いのだが、戦っている最中だと、人差し指一本だけで、特定の経穴を狙うのは、困難な場合もある。


 そこで、経穴を突き難い小指を除いた、残りの四本指全てで、経穴を突くのを狙う手型が、三前趾なのである。

 つまり、惣左衛門は操穴系の技に、攻撃手段を切り替えようとしているうのだ。


 惣左衛門は三前趾とした両手で、次々とカリプソに突きを放ち始める。

 三前趾による突き……三前趾突さんぜんしづきは、掌打と大差無い速さであり、惣左衛門の腕や手の数は、幾つにも分かれて見える程である。


 三前趾突きも掌打と同様、その殆どはカリプソに捌かれ、防がれてしまい、身体に当たったのは数発だけ。


「今更、点穴だと?」


 惣左衛門が経穴攻撃用の手型に切り替えたのに気付き、カリプソは煽り口調で問いかける。

 中国武術で経穴を突く技が、点穴てんけつであり、鬼伝流の操穴と同種の技といえる。


 魔法主義革命が始った頃から、魔法使い相手に、様々な攻撃方法は試されていた。

 点穴などの経穴を突く系統の攻撃方法も、纏魔や魔甲……アーマーアビリティどころか、シドリ製の戦闘服を纏い、魔膜に守られる魔法使い相手にすら通用しないのは、とうの昔に明確になっていたのだ。


 惣左衛門などの鬼伝流の魔法少女達も、魔法少女となってから、鬼伝流の技が、セフィルによる防御に通用するかどうかを、試していた。

 鹵獲ろかくしたシドリ製の戦闘服や、自らの纏魔などを利用して。


 その結果、禁じ手を含めた鬼伝流全ての技が、シドリ製の戦闘服が実現するセフィル防御にすら、通用しない事が判明した。

 故に、惣左衛門達は魔法使い相手の実戦において、操穴の技を使っては来なかった(倒した魔法使いの動きを封じる為には使用するが、倒す為の戦闘自体には使用しない)。


 惣左衛門が格闘家として活動していた頃も、操穴は一切使ってはいないので、操穴という名称は、鬼伝流に関係が無い人間には、別に隠している訳ではないのだが、殆ど知られていない。

 カリプソも操穴という言葉を知らないので、経穴を突く技の中では、最も知られている点穴という言葉を使ったのだ。


 ちなみに、中国武術の点穴の場合は、人差し指と中指を揃えた、剣指けんしという手型で、経穴を突く。

 中国武術における点穴と剣指が、鬼伝流における操穴と三前趾に相当する。


「魔法使いに、点穴が効かない事すら、忘れたか?」


 問いかけるカリプソの右肩に、惣左衛門の左手が届き、中指が肩の経穴、肩髃けんぐうの辺りに触れる。

 直後、嘲笑を浮かべていたカリプソの表情が、驚きと焦りで引き攣る。


 カリプソは全身から激痛を覚えた上、身体が自分の物ではなくなったかの様に、自由に動かなくなり始めたのだ。

 消え入りそうな小声で、カリプソは惣左衛門に問いかける。


「――ば、馬鹿な? 貴様……何をした?」


 自分が左肩の経穴に、点穴に類する何等かの技を食らい、身体の自由を奪われつつあるのを、カリプソは瞬時に理解した。

 だが、点穴系の技が通じない筈の、シドリ製の戦闘服の防御を、惣左衛門に破られた事が、カリプソには信じ難かったのだ。


 既に右腕だけでなく、身体全体の動きが鈍り続けている中、左肩の経穴……肩髃から、惣左衛門に気を送り込まれるのを避けるべく、カリプソは必死で後方に跳び退く。

 惣左衛門から離れた隙に、惣左衛門が中指で突いた右肩に、カリプソは目を向ける。


 すると、カリプソの目に、右肩に薄く纏わりついている、奇妙な「気」が映る。

 ダークスーツの色と似ている上、本当に薄く僅かに纏わり付いていただけだったので、今……注視するまで、カリプソは気付けなかったのだ。


 しかも、その奇妙な気は、消え去っている最中であったらしく、カリプソの目にも、殆ど映らなくなりつつあった。


「――邪気? いや、違う……何だ、今の気は?」


 カリプソの言う邪気とは、「悪意」や「悪気」といった意味ではなく、中国武術や気功法における、身体に悪い気、鬼伝流における穢気と、似たような意味の方の言葉である。

 自分の身体に纏わり付いていた奇妙な気を、カリプソは邪気と似ているが、別の何かだと視認したのである。


 だが、その奇妙な気が何であるのか、思案し続ける暇を、惣左衛門がカリプソに与える訳がない。

 惣左衛門は即座に前進、カリプソとの間合いを詰めると、三前趾にした右手の指先で、カリプソの左鎖骨の近くにある経穴、中府ちゅうふを突く。


 動きが鈍っている、カリプソの経穴を突き、気を流し込むのは、惣左衛門にとっては容易である。

 一気に大量の気を流し込み、惣左衛門はカリプソの身体の自由を奪う。


 既にカリプソは、まともに口を動かせなくなっているので、魔法を発動する事も出来ない(実は、口が動いても発動出来なくなっている)。

 身体も殆ど動かなくなっているのだが、それでも眼光は失われず、必死で身構え……惣左衛門の前に立ち塞がる。


 カリプソは既に戦えないと判断し、惣左衛門はカリプソの脇を通り抜け、クロウリーの元へ向かおうとする。

 だが、まだ何とか動く足を必死で動かし、カリプソは惣左衛門の前に回り込み、クロウリーの元へ向かわせまいとする。


 惣左衛門は地を蹴って勢いをつけながら、カリプソの腹部を右足で蹴り上げる。

 そのまま、惣左衛門は宙に舞うと、後ろ向きに回転してから着地する。


 強力な脚力で地を蹴り、その勢いを利用して、敵を蹴り上げて吹っ飛ばしながら宙に舞い、後方宙返りをして着地する、鬼伝流の豪快な蹴り技、燕蹴り(つばめげり)で、惣左衛門はカリプソを蹴り飛ばしたのだ。

 巧みに空を舞い飛ぶ燕の名を由来とした、燕蹴りを食らったカリプソは、クロウリーを飛び越え、その十メートル程後ろに、受け身も取れずに落下、そのまま動かなくなる。



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