081 ――そんな、下卑た切り札を使ってまで、お前達は俺に、何を要求するつもりだ?
ちなみに、カリプソが一刀斎と出会ったのは、偶然である。
カリプソは北村藤那としての表の生活では、教育系の国立大学で音楽を専攻、中学と高校の音楽教師の資格を取り、滅んだ故郷である旧神山市の近辺で、音楽教師の職を求めた。
すると、偶然にも凪澤中学校の音楽教師が、定年で辞めたタイミングであった為、カリプソは藤那として、凪澤中学校の音楽教師となったのだ。
そして、カリプソが働き始めたばかりの今年の春、凪澤中学校に一刀斎が入学して来たのだ。
凪澤市に鬼宮惣左衛門が、家族と共に住んでいたのは、カリプソも知ってはいた。
ただし、シュタイナー協定の遵守を心がけていたカリプソは、惣左衛門の家族についての情報には興味などなく、知ろうともしなかった。
カリプソが一刀斎に、強い興味を惹かれる様になったのは、偶然にも教師と生徒として関わる様になった後、凪澤中学校での生活を通してである。
「――そんな、下卑た切り札を使ってまで、お前達は俺に、何を要求するつもりだ?」
ルドラとカリプソが親子だという事実を知らされ、惣左衛門は驚きながらも、答が分かり切っている問を、クロウリーとカリプソに投げかける。
問いに答えたのは、クロウリーだった。
「責様にマジックオーナメントを、外して貰いたいだけさ。簡単な事だろう?」
「簡単ねぇ? そりゃまぁ、確かに……こいつを外すだけなら、簡単な事なんだろうが……」
セフィロトの指輪を、右手で弄りながら、惣左衛門は思案する。
(ま、それだけで済む訳がないか……)
魔法少女としての自分自身の排除が、クロウリー達の目的だという事は、一刀斎が人質に取られた時点で、惣左衛門には予想がついていた。
それ故、マジックオーナメントを外すだけでは済まないだろうなと、元から惣左衛門は予測していたのだ。
例え、ここでセフィロトの首輪を外しても、他のマジックオーナメントを装着すれば、惣左衛門は再び魔法少女になれる。
マジックオーナメントを一度、外した程度では、惣左衛門という最大の驚異を、クロウリー達は排除する事は出来ない。
魔法主義革命家にとって邪魔なのは、異常に高い魔力と戦闘センスを合わせ持つ、稀有な存在である惣左衛門自身なのだ。
魔法少女では無くなった惣左衛門が、再び魔法少女になる可能性を断つ為には、惣左衛門が只の人間に戻っている間に、殺すしか無い。
シュタイナー協定を破るという汚名を被ってまで、一刀斎の誘拐を決行した以上、自分が魔法少女に戻る可能性を残すような、中途半端な真似を、クロウリー達がする訳が無いと、惣左衛門は考えていた。
セフィロトの首輪を指先で弄りながら、惣左衛門は考え続ける。
(中途半端な真似をしないという事は、俺がセフィロトの首輪を外さない場合も、中途半端な真似はしないで、本気でやる可能性は高いな……)
誘拐という卑怯な手段を使った者達の要求など、飲むべきではないのは、惣左衛門にも分かっている。
しかし、罪の無い自分の息子を、危険な戦いに巻き込んでしまった事に対する自責の念の所為で、飲むべきでない要求を飲む覚悟を、惣左衛門は決めてしまう。
カリプソが一刀斎に対し、特別な感情を抱いているのを知っていれば、「本気でやる可能性は高い」と、惣左衛門は判断しなかっただろう。
だが、惣左衛門にはカリプソの、一刀斎に対する感情など、知る由も無い。
「――分かった。セフィロトの首輪は外す。但し、一刀斎の身の安全は……」
「保証する。貴様がマジックオーナメントを外せば、即座に貴様の息子は解放するし、神山DZPMから安全に出る事が出来るアイテム、ムルティ・ムンディの残骸を与えよう」
惣左衛門が、セフィロトの首輪を外す意志を表したので、一刀斎の喉元から、カリプソは右手を離す。
だが、手足や身体の拘束は、まだ解かない。
息苦しさから解放された一刀斎は、大きく息を吸い込み、惣左衛門に向って怒鳴る。
「親父! 何でテロリストの連中の言う事なんか、聞くんだよ?」
「一刀斎……」
「今、親父が魔法少女を辞めたら、魔法少女と魔法主義革命家連中との勢力が、ひっくり返る可能性意があるから、辞められないって言ったの、親父だろうが! 親父が魔法少女を辞めたら、日本はどうなるんだよ?」
一刀斎の怒鳴り声を聞きながら、惣左衛門はセフィロトの首輪に手を当てる。
「それに、別のマジックオーナメントを使えば、また魔法少女になれる親父を、銀の星教団の連中が、このまま帰す訳が無いんだ!」
一刀斎は惣左衛門同様、クロウリー達の本当の狙いを読んでいた。
惣左衛門が魔法少女に成り得る可能性を、完全に排除するという目的を。
「こいつらが、魔法少女を辞めて、魔法が使えなくなった親父を襲って殺すつもりだって事、親父だって分ってるんだろ?」
惣左衛門は、答を返さない。
答を返さないのは、事実上の肯定を意味しているのだと、その場にいる誰もが思う。
「魔法無しで魔法使い連中と戦ったら、幾ら親父だって、死んじまうよ!」
「おいおい、余り親を舐めるなって! 魔法なんてなくたって、俺はこんな連中には負けねぇよ」
気楽な風を装って、軽口を叩く惣左衛門に、一刀斎は言い放つ。
「勝てる訳がないだろ! あのシドリとかいう素材で出来てる服を着てる魔法使いには、武術どころか銃器の攻撃だって通用しないんで、魔法でしか倒せないんだから!」
居並んでいる、銀の星教団の魔法使いが身に纏うローブや、その下に着ているシャツやダークスーツは、全てシドリ製の戦闘服である。
通常の武術や銃器、爆弾などの攻撃を、完全に防ぎ切ってしまう戦闘服で、身を守る魔法使い達を、魔法を失った惣左衛門が倒せるなどとは、一刀斎には思えなかった。