008 巫女さんの格好なんか、したくてしてる訳ねえだろうが!
「捕らえたのは、中級魔法使い四人に下級魔法使い八人だけ……。雑魚ばかりじゃないか」
そう言いながら、巫女装束を着込んだ長い黒髪の少女は、呆れた様な顔をする。
場所は国会議事堂の入り口前、時間は午後一時半。
「肝心のクロウリーには、見事に逃げられた訳だな。情けない奴だ」
惣左衛門は追撃の結果、国会議事堂を襲撃した銀の星教団のメンバー達の大半を捕え、身柄の拘束に成功した。
しかし、教主であるクロウリーと、上級幹部である魔女カリプソの逃亡を、許してしまったのだ。
「俺が情けない奴って事になるなら、三十分も遅れて国会議事堂に辿り着いた上、一人の魔法使いも捕まえられなかった誰かさんは、何になるんだろうな?」
惣左衛門は涼しい顔で、巫女姿の少女に、毒舌を吐く。
「情けない上に、ドジでノロマな役立たずの、税金泥棒ってとこか?」
「――誰が情けない上に、ドジでノロマな役立たずの税金泥棒だって?」
巫女姿の少女は、惣左衛門につかみかかる。
「お前の事だよ、柊。似合わねえくせに、巫女さんの格好なんかしやがって」
「巫女さんの格好なんか、したくてしてる訳ねえだろうが!」
柊と呼ばれた少女……魔法少女の鬼宮柊は、顔を真っ赤にして、怒鳴り散らす。
外見だけなら、柊は大和撫子風であり、本来、巫女装束は似合う筈なのだが、口が悪く態度が粗雑なせいで、惣左衛門の言う通り、巫女姿が似合っているとは言い難い。
「だいたい格好の事を言い出したら、お前だって俺の事言えないだろ!」
そう柊が言い返した直後、看護婦の制服に似た、真っ白な服を着た少女が、二人に歩み寄って来て、柊を制する。
「柊が悪い。大阪から国会議事堂に戻って、一人でテロを鎮圧した惣さんの事を、情けない奴だなんて言ったら、バチが当るよ」
看護婦姿の少女に窘められた柊は、不満そうな顔をしながらも、この落ち着いた感じの少女に頭が上がらないらしく、惣左衛門から手を離し、引き下がる。
「助かったよ、榊」
「すいませんね、何時も柊が絡んで。後で叱っておきますから、許してあげて下さい」
榊と呼ばれた少女……魔法少女の鬼宮榊は、惣左衛門に頭を下げる。
グローバルスタジオジャパンで、ルドラの部下達を魔法で尋問し、国会襲撃計画の情報を引き出した、魔法尋問を得意とする魔法少女が、この榊なのである。
「分ってるって。何時もの事だから、気にしないよ。それより、何か分ったか?」
「惣さんが捕らえた連中から、これまでの調査で判明していなかったアジトが、三ケ所程見つかりました。今、牡丹姉さん達が、調査に向ってますが……」
「クロウリー達は、見付からないだろうな。中級以下の連中に知らされてる様な場所に、幹部以上の連中が身を隠すとは思えない」
頭を掻きながら、惣左衛門は続ける。
「何処かにあるんだよ、上級幹部にしか知らされていない、緊急非難用の秘密のアジトが……」
惣左衛門の言葉に、榊は領く。
銀の星教団は、日本政府の各機関だけでなく、魔法少女達ですら所在を一切掴めない、秘密のアジトを持っているので、潜伏した上級幹部達の逮捕は、著しく困難な事なのだ。
「それで、さっき惣さんに頼まれた件なんですが……」
「分ったのか?」
「はい。事件当時、国会議事堂にいた人達を調べてみたところ、目撃者を数名、発見する事が出来ました」
榊が惣左衛門に頼まれた件とは、惣左衛門に対し、水のセフィルによる攻撃を仕掛けたのは誰なのか、調べて欲しいという依頼だった。
惣左衛門には、それが誰なのか想像がついていたのだが、確証が欲しかったのである。
「ノウビリティ! 我がセフィルよ、記憶を映し出す為の、力となれ!」
能力魔法を発動させるコマンドを宣言し、榊は記憶映像化能力を指定する。
榊のマジックオーナメントである、右手首にはめられたブレスレット……ケセドの腕輪が、金色に輝き姑める。榊の魔力をセフィルに変換し、チャージしているのだ。
榊の足下に現れた能力魔法陣に、ケセドの腕輪から、セフィルの光線が放たれる。
能力魔法陣は、金色に輝きながら縮小し、金色の十字となって、榊の胸元に吸着する。
能力魔法により、記憶映像化能力を、榊は得たのである。
記憶映像化能力とは、手で触れた人間の記憶を読み取って、映像化する能力だ。
単に映像化するだけで無く、映像化した記憶を空間に投射して、他の人に見せたりも出来る。
日本で記憶映像化能力を使える魔法少女は、現在は榊のみとなっている(以前は他にもいた)。
他人の記憶を読み取り、映像化出来る能力を持っているからこそ、榊は尋問が得意なのである。
もっとも、魔法によって、自分の記憶にプロテクトをかける事が出来る、上級以上の魔法使いには、通用しない場合も多い能力なのだが。
「伊地知外務大臣から読み取った記憶を、再生!」
榊が宣言すると、榊の胸の十字マークが、プロジェクターの様に光を放ち、空中に浮いた透明なスクリーンに、映像を投射する。
惣左衛門とクロウリーの戦いを、離れた場所から見ていた、伊地知外務大臣の記憶の映像を。
記憶の映像は、惣左衛門が雷のセフィル纏ったまま、護謨球に弾き飛ばされる場面から始まった。
惣左衛門が宙に舞った時、惣左衛門の後方十五メートル程の所で、黒い仮面を被った、ダークスーツを着込んだ魔女が、創造魔法を発動させている姿を、伊地知外務大臣の視界は捉えていた。
惣左衛門が魔法を切り替え、炎のセフィルで身を包む直前、魔女の足下の創造魔法陣から、大量の水のセフィルが噴き出した。
水のセフィルを龍の様な形に整え、炎のセフィルに身を包んだ惣左衛門に向けて、魔女は放った。
記憶の映像は、水のセフィルで惣左衛門に攻撃を放つ、黒い仮面を被った魔女の姿を、はっきりと映し出したのだ。
「やはり……カリプソだったか」
黒い仮面を被った魔女の姿を確認し、惣左衛門は呟く。
惣左衛門の想像は、当っていたのだ。
「俺が雷から炎に、魔法を切り替えるのを先読みし、水で攻撃を仕掛ける準備をしていやがったんだ。水で炎を打ち消しつつ、スチーム化させた上で、煙幕として利用しながら、撤退するつもりで……」
「凄いですね、惣さんを出し抜くなんて……」
「戦闘センスなら、奴はクロウリー以上だよ」
惣左衛門は、敵である魔女カリプソの実力を、素直に認める。
敵であっても優れた者の実力を、惣左衛門が正しく評価するのを知っているので、柊と榊も意を唱えはしない。