078 ――鬼宮君には関係ない、昔話しちゃったね
「あの時、私は気付けたの……父が家族よりも、社会の平和を守る仕事の方を、大事にしてるように思えていたのが、私の思い違いだった事に」
そう考える理由を、カリプソは簡潔に述べる。
「刑事だった父が、警察の敵である魔法主義革命家になってまで、私を助けようとしてくれたのは、社会の平和を守る仕事よりも、家族の方が大事だと思っていたからに、決っているからね」
父について話すカリプソの表情が、優しく和んでいるのは、仮面越しにであっても、一刀斎には察せられた。
「父が刑事として、社会の平和を守ろうとしていたのは、私達……家族の為でもあったんだって事が、あの時に分かったのよ。自分の大事な家族が生きる社会だからこそ、その平和を守ろうと、頑張っていたんだって……」
カリプソは短く、付け加える。
「子供の頃の私には、分からなかったんだけど」
(親父が魔法少女として戦い続けているのも、俺達……家族が生きる社会を、守る為だったりするんだろうか?)
一刀斎の頭に、そんな疑問が浮かぶ。
(それに俺が気付けないのは、俺が子供だからで……)
自分が子供であるが故に、父親である惣左衛門の真意に気付けていなかった可能性に思い至り、一刀斎は気恥ずかしさと気まずさを覚える。
そんな感情から逃げる様に、一刀斎は別の気になる事について、話題を逸らそうと考える。
「銀の星教団に入ったっていう、先生のお父さんは、どうなったの?」
一刀斎の「別の気になる事」とは、カリプソの父が、その後どうなったかについてであった。
「レベルAクラスの高い魔力を持っていて、警察関連の知識を持ち、武術にも通じていた父は、魔法使いとしても優秀だったんだよ、銀の星教団の四天王となる程にね」
「四天王の一人が、先生のお父さん?」
驚きの声を上げる一刀斎に、カリプソは頷く。
「ルドラ……暴風のルドラが、私の父なの」
主に風のセフィルと組み合わせた、纏魔による戦闘を得意としていた三蔵は、クロウリーにより、インドの神話に出て来る暴風の神、ルドラという真名を与えられていた。
暴風の如き風のセフィルを、攻防のみでなく高速移動の補助に使うルドラは、四天王の中でも最強と言われた魔法使いであった。
本当の年齢は明かされてはいなかったが、既に五十代の中頃。
この半年程は肉体の衰えのせいもあり、戦力が落ちてはいたが、衰える前はカリプソよりも強かったと、惣左衛門が評していた実力者である。
そして、そんなルドラ……カリプソの父を倒したのが、誰であるのかを、一刀斎は思い出す。
「暴風のルドラって、親父が昨日、グローバルスタジオジャパンで倒した……」
「鬼宮君のお父様が、魔法拘置所送りにした、最後の四天王よ」
自分の父親が、初恋の相手の父親を倒し、犯罪者として魔法拘置所に送り込んでいた事実を知り、一刀斎は絶句する。
「私は、私を助けてくれた父……ルドラを助ける為に、自ら望んで魔法主義革命家となって、銀の星教団に入ったの……その年の七月にね」
シンザン・ジェノサイドが起こったのは、六年前……西暦二千二年の五月七日。
その日の内に、三蔵はクロウリー相手に取引を持ちかけ、藤那の命を救って貰った。
翌日、藤那を巻き込まずに済む様に、魔法主義者に教化される前に、三蔵は自らの死を擬装した上で整形手術を受け、別人としての外見を手に入れた。
その上で、三蔵はクロウリーに教化され、ルドラとなったのである。
三蔵が死を擬装して整形手術を受け、別人であるルドラとなった上で魔法主義者になったのは、娘である藤那が、国家の敵である魔法主義者の娘として扱われず済む様に、気遣っての事だった。
藤那自身もカリプソとして、魔法主義者となる道を選んでしまったのだが、ルドラとなる前の三蔵は、それを望んではいなかったのだ。
シンザン・ジェノサイド後の混乱状況の中、世界中の主要な魔法主義革命家達の代表が集まり、シュタイナー協定を締結し、サンジェルマン及び不死連盟の処刑を決めたのが、同年の五月二十四日。
藤那が銀の星教団に入り、カリプソとなったのは、その二ヵ月後の事である。
七月中旬に、ニュース映像で目にしたルドラの戦いを目にして、ルドラが三蔵であるのに、藤那は気付いた。
サンジェルマン率いる不死連盟との戦いが、本格化する直前であった七月下旬に、クロウリーは藤那の元を訪れた。
来訪の目的は、藤那に後遺症が残らなかったかどうかを、確認する為(戦いが本格化した後では、来訪は不可能となるだろうから、その時期をクロウリーは選んだ)。
その際、藤那は父の後を追い、魔法主義者となり、銀の星教団に参加する事を、クロウリーに願ったのである。
サンジェルマンと不死連盟への復讐と、父の手助けが、参加の目的であった。
三蔵であった頃のルドラの意志を知るクロウリーは、気は進まなかったのだが、魔法主義者になる事を望む者の教化を断わるのは、魔法主義に反する行為。
それ故、クロウリーは藤那の願いを、断る事が出来なかった。
結果、藤那はクロウリーに教化され、魔法主義者となり、銀の星教団のカリプソとなったのである。
「――私は父の後を追って、自分の意志で魔法主義者になったんだけど、後悔はしてないよ」
嘘偽りなどない、本音の言葉を、カリプソは口にする。
「そのお陰で、母と弟の仇も討てたんだから」
(母と弟の仇……つまり、シンザン・ジェノサイドの犯人、サンジェルマンと不死連盟の事だよな)
一刀斎は、カリプソの母と弟が死んだ、シンザン・ジェノサイドを引き起こした、サンジェルマンと不死連盟を、クロウリー率いる銀の星教団が倒し、処刑した事を思い出した。
その壮絶極まる戦いに、カリプソやルドラが参戦していたのを、一刀斎は知識としては知っていた。
だが、カリプソとルドラにとって、その戦いが家族の仇討ちであった事は、今……初めて知ったばかりであった。
単なる社会の敵だとしか認識していなかった、カリプソやルドラに、家族の為に自ら魔法主義者となり、戦いに身を投じた過去があると知り、一刀斎の中で二人に対する認識が、揺らぎ始めてしまう。
「――鬼宮君には関係ない、昔話しちゃったね」
長々と、自分の過去の話をしてしまった事が、恥ずかしかったのか、カリプソは照れた様な笑みを目元に浮かべながら、昔話を打ち切った。
(そんな昔話されたら、先生が魔法主義革命家の悪人だって事を知っても、嫌いになれないじゃん……)
こんな時に、同情せざるを得ないような、昔話をするカリプソの事を、一刀斎は改めて思う……狡いなと。
「とにかく、鬼宮君のお父様は、絶対に魔法少女を辞めるわ……鬼宮君の為にね。それが、父親っていうものなのよ」
自信ありげに、カリプソは断言した。
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