076 それで、追い込まれた先生達は、シュタイナー協定を破って、非戦闘員の俺を誘拐してまで、何をしでかそうって訳?
「――親父ですら重傷負って、まともに探索すら出来なかった神山DZPMに、何で銀の星教団の連中は出入りして、アジトに出来てるんだ?」
率直な疑問を口にした直後、一刀斎は「しまった!」とでも言わんばかりの表情を浮かべる。
他者に明かしてはいけない秘密を、うっかり口にしてしまったので。
惣左衛門が神山DZPMの探索に失敗した事は、機密情報ではあるのだが、家族には開示されている。
重傷を負った原因について、家族にまで秘するべきではないという意見が、規格外犯罪対策局でも多勢を占めた為。
故に、一刀斎は情報を開示されていたのだが、厳重に口止めされていたのだ。
今回、つい口にしてしまったのだが。
神山DZPMの探索に、惣左衛門が失敗し、重傷を負っていた過去があるのを、初めて知ったカリプソは、少しだけ驚きの表情を浮かべてから、一刀斎の問いに答える。
「ムルティ・ムンディの残骸を持っているからよ」
「ムルティ・ムンディって?」
知らない言葉だったので、一刀斎は問いかける。
「ムルティ・ムンディは、サンジェルマンが持っていた魔法教典で、これが……その残骸」
ファスナー付きのスラックスの後ろポケットから、カリプソは黒い札入れを取り出すと、中から一枚の紙切れを取り出す。
不可思議な文字が記された、魔法が操れぬ者には、意味が分からない紙切れだ。
クロウリーはサンジェルマンを倒した後、ムルティ・ムンディを入手し破壊した。
カリプソが手にしているのは、その残骸の一つで、一枚の紙片である。
「これを持つ者が神山DZPMに入ろうとすると、四宝の神殿まで安全に移動出来るルートが作り出されるから、アジトに出入り出来るって訳」
ムルティ・ムンディの残骸を持つ者には、この安全なルートが見えるので、カリプソは索敵魔法を使用せず、一刀斎を抱き抱えた状態で、神山DZPMを安全に移動出来たのだ。
ちなみに、作り出された安全なルートは、ムルティ・ムンディの残骸を持つ者が、神山DZPMを出ると、消滅してしまう。
銀の星教団の上級幹部は、このムルティ・ムンディの残骸を、支給されている(中級以下の幹部も、一部支給されている)。
故に、銀の星教団の上級幹部は、非常時には神山DZPMに入り、この四宝の神殿を緊急避難先として利用出来る。
しかも、ムルティ・ムンディの残骸には、十分程度ではあるのだが、周囲のセフィル反応を、全て消してしまう機能がある為、魔法少女達の索敵魔法から逃れ、神山DZPMに逃げ込み易いのだ。
東京にある国会議事堂からの逃亡の際、惣左衛門の追跡を振り切り、クロウリー達が彩多摩県の神山DZPMに逃げ込めたのは、ムルティ・ムンディの残骸が持つ、この機能のお陰である。
通常の魔法教典の場合、破壊されてしまえば、載っている情報に価値はあっても、洗脳や魔力解放などの、特殊な機能は失われる。
だが、ムルティ・ムンディは破壊されて残骸となっても、特殊な機能の一部が残されていたのだ(洗脳機能と魔力解放機能は失われている)。
クロウリーはムルティ・ムンディの残骸の研究を続け、残された特殊な機能を解き明かした。
その特殊な機能が、四宝の神殿までの安全なルートを作り出す機能や、短時間ではあるのだが、周囲のセフィル反応を、全て消してしまう機能である。
とても便利な機能を持つ、ムルティ・ムンディの残骸なのだが、安全なルートを作り出す機能は、数回しか使う事が出来ない。
大抵は五回程使用すると、ムルティ・ムンディの残骸は消滅してしまう事も、研究で明らかになった。
このムルティ・ムンディの残骸の機能を利用し、銀の星教団は四方の神殿を、極秘のアジトとして利用する事が出来た。
銀の星教団にとっては、最後の砦ともいうべき、秘密のアジトでもある為、記憶にプロテクトをかけられない魔法使いには、存在自体が知らされてはいなかった。
記憶にプロテクトをかけられない魔法使いは、魔法少女に捕えられた場合、榊の様な魔法少女により記憶を読み取られ、最後の砦である四宝の神殿の存在を、魔法少女陣営に知られてしまう。
それを避ける為、これまでは基本的に、記憶にプロテクトをかけられる、上級幹部以上の魔法使いだけに、存在が知らされていたのである(中級や下級の幹部にも、記憶にプロテクトをかけられる者がいた為、一部には支給されていた)。
だが、銀の星教団は壊滅寸前にまで追い込まれ、他の全てのアジトを失ってしまった。
故に、秘密のアジトが神山DZPM内にある事を、規格外犯罪対策局に知られてしまっても仕方が無いと、クロウリーは判断し、記憶にプロテクトをかけられない魔法使いまでも引き連れ、四宝の神殿に逃げ込んだのだった。
既にムルティ・ムンディの残骸も、少数しか残されていない為、クロウリー達が秘密のアジトとして使用出来る回数も、多くは無い。
秘密のアジトの場所が、今更ばれてしまったとしても、クロウリー達からすれば、影響は軽微といえた。
そして、一刀斎を拉致した上で、惣左衛門にセフィロトの首輪を外させる策の、実行の場として、カリプソは四宝の神殿を選んだ。
四宝の神殿であれば、邪魔が入る心配が無いのが、選択の理由だ。
ちなみに、ムルティ・ムンディを持つ銀の星教団の者達でも、四宝の神殿は短期間の一時的な潜伏にしか、利用できない。
何故かといえば、四宝の神殿には最長でも、連続では三日半しか滞在出来ず、一度利用すると三日半の間、利用出来なくなるからである。
三日半を過ぎて、四宝の神殿に居続けた者は、この世界から消え去ってしまう。
四宝の神殿に人が入った時を起点として、三日半が過ぎると、四方の神殿にいる人間は全て、異世界に送り込まれてしまうと考えられている。
その根拠は、サンジェルマンが遺した、四宝の神殿に関する研究記録である。
不死教団の魔法使い達が数十人、三日半以上滞在した結果、異世界に送られてしまい、戻って来なかったという記録を、サンジェルマンは研究記録を遺している。
「――四宝の神殿は、銀の星教団にとっての最後の砦。ここに追い込まれてるって事は、私達にも手段を選べる余裕が無いって事なのよ」
やや自虐的な口振りのカリプソに、一刀斎は問いかける。
「それで、追い込まれた先生達は、シュタイナー協定を破って、非戦闘員の俺を誘拐してまで、何をしでかそうって訳?」
「――鬼宮惣左衛門に、魔法少女を引退して貰うのよ。君も、そう望んでいたでしょう?」
「親父を、引退させる?」
驚いた一刀斎は、カリプソに訊き返す。
カリプソは、領いた。