071 行き先だったら、すぐに分かるさ
追い込まれた銀の星教団が、惣左衛門の家族を誘拐しようとする事も、その逃亡先が神山DZPMである事も、才蔵は予見していた。
それにも関わらず、一刀斎を誘拐された上、、神山DZPMに連れ込まれるのを止められなかった事に対し、才蔵は深い自責の念を覚えていた。
才蔵達では、一刀斎誘拐の犯人だと判明したカリプソに、勝てる訳はない。
だが、惣左衛門が到着するまで、飛行能力の弱さから、車を使わざるを得ないカリプソを、足止めするくらいの事は、出来ていなければならないと、才蔵は考えていたのだ。
故に、鉄条網の前に立った惣左衛門に、歩み寄った才蔵は、頭を深々と下げ、謝罪の言葉を口にする。
「――申し訳有りません、大事な息子さんを、魔法主義者連中に攫われた上、神山DZPMの中に、連れ込まれてしまう様な失態を犯してしまって。我々に、弁解の余地は有りません」
才蔵の部下達も才蔵に倣い、深々と頭を下げる。
「学校内で、信頼してた教師に攫われたんだ。今回の事件は、あんた等に防げる性質のものじゃ無い」
惣左衛門は、付け加える。
「それに、あんた等は魔法少女じゃないんだから、魔法使いを止められる訳がないのも、当たり前さ」
才蔵達を慰めた後、自嘲的な口調で、惣左衛門は言葉を続ける。
「――俺が、さっさと魔法少女を辞めていれば、今回の事件は起らなかったのかもな。今回の一件の責任が、犯人以外の誰かにもあるのだとしたら、たぶん……俺にあるんだよ」
「せめて、我々がDZPM内に立ち入る事が出来たら、息子さんとカリプソの行き先を、掴めたんですが……」
才蔵は情け無さそうに、頭を掻く。
普通の人間である才蔵達は、自殺行為となってしまうので、神山DZPMどころか、普通のDZPMにすら入る事は出来ない。
能力的にも入れないのだが、法律や規格外犯罪対策局の規則でも禁じられている。
才蔵は警備隊の本部に、神山DZPMに入る許可を求めたのだが、許可は下りなかった。
「行き先だったら、すぐに分かるさ」
平然とした口調で言い切る惣左衛門に、才蔵は問いかける。
「何故です?」
「奴等は俺と取引する為に、一刀斎を拉致したんだ。すぐに、俺にコンタクトして来るに決っているし、取引の場にはカリプソ達……銀の星教団の連中だけでなく、取引の材料である一刀斎も、いる筈だろうからな」
惣左衛門が神山DZPMに入り、一刀斎とカリプソの行方を捜そうとしないのは、銀の星教団側からのコンタクトを、待っているからだ。
何処にいるのか、皆目見当もつかないのに、神山DZPMの中に入っても、一刀斎とカリプソの行方を掴める訳が無い。
むしろ、銀の星教団側にとって、見付け易い場所にいた方が、コンタクトが取り易いだろうと考え、この場に惣左衛門はいるのだ。
一刀斎を攫ったカリプソを、追跡して来た才蔵達の監視を、銀の星教団は続けている筈。
つまり、才蔵達がいる場で待っていれば、すぐに銀の星教団は自分の存在に気付き、コンタクトを取って来るだろうと考え、この場に惣左衛門はいるのである。
「――それにしても、カリプソが一刀斎を連れたまま、ここに入るとは……」
鉄条網越しに、異様な光景を眺めながら、惣左衛門は呟く。
「息子さんが、御無事だと良いんですが」
「その事なら、大丈夫だろう。一刀斎の無事は確保しておかないと、俺との取引材料に出来なくなるから、無事である事は間違い無い」
「――確かに、その通りですね」
惣左衛門の意見に、才蔵は同意する。
「神山DZPMの中に連れ込んでおきながら、一刀斎の無事を確保する自信が、カリプソにあるのが、不思議だけどな」
訝しげな口調で、惣左衛門は呟く。
取引材料であるが故に、無事を確保しておかなければならない一刀斎を、カリプソは神山DZPMに連れて入った。
その様な真似がカリプソに出来るのは、一刀斎を伴い神山DZPMに入っても、一刀斎を危険に曝さない自信があるからこそだと、惣左衛門は思うのだ。
「カリプソは戦闘能力は高いが、索敵能力は普通の筈」
戦闘力は大魔法使いに近い程だが、カリプソは非戦闘系魔法の能力は高くは無く、索敵魔法の能力は並だというのが、規格外犯罪対策局による分析結果。
「しかも、神山DZPMは索敵魔法の能力が、通常の百分の一程に落ちる。俺と婆さんですら、まともに行動出来なかった神山DZPMで、何故……一刀斎の無事を確保しながら行動出来る自信が、カリプソにはあるんだ?」
惣左衛門と牡丹が、神山DZPMの探索に挑んだのは、今から一年程前。
現在よりも、惣左衛門の魔法の実力が、低い頃の話である。
だが、低いといっても、現在の惣左衛門との比較だ。
索敵魔法の能力が並であるカリプソ相手なら、現在の能力と比較しても、一年前の惣左衛門の方が、圧倒的に上回っている。
そんな惣左衛門と、結界魔法に関しては日本一といえる牡丹が組んでも、神山DZPMでは、まともに行動出来なかったのだ。
それなのに、並の索敵能力しか持たないカリプソが、無事を確保しなければならない一刀斎を連れたまま、平然と神山DZPMに足を踏み入れた事が、惣左衛門は不思議だったのである。
何故、そんな真似がカリプソに出来たのかについて、思案する惣左衛門に、才蔵が問いかける。
「まともに行動出来なかったというのは、具体的には、どの様な感じだったんです?」
「能力が著しく落ちた索敵魔法で、近い範囲にある危険な物を徹底的に洗い出し、薄氷を踏む思いで、慎重に進んだんだが、それでも頻繁に周囲の状況が変わり、いきなり周囲が全て、命を危険に曝すものばかりになったりするんだ」
一年前の神山DZPM探索時の事を思い出し、惣左衛門は苦々しげな表情を浮かべる。
「危険が無いと、索敵魔法に表示された筈の道を歩いていたら、一瞬で周囲が……全てを溶かす溶解液だらけの沼になったり、何も無い空中から、いきなり何かの『口』だけが、数え切れない程の数現れて、噛み付いてきたり……無茶苦茶なんだよ」
「『薄氷を踏む思いで、慎重に』ですか……カリプソとは随分と、様子が違いますね」
神山DZPMに入った後の、カリプソの行動を思い出しながら、感想を口にした才蔵に、惣左衛門は問いかける。
「カリプソは、どんな感じだったんだ?」
「平然と走り去って行きました。たぶんですが……索敵魔法は使いもせずに」
才蔵の答が「たぶん」なのは、カリプソの行動全てを、確認出来た訳ではないからだ。
この場に才蔵達が訪れた時、既にカリプソは鉄条網を越えていたので、能力魔法発動場面を見落とした可能性があるし、索敵魔法が作り出す立体映像は、カリプソの身体の陰になり、見えなかった可能性がある。
故に、索敵魔法を使っていなかったと、思ってはいるのだが、才蔵は断定を避けたのだ。