068 無論、そういった者達を待ち受けるのは、確実な死である
国道254号は彩多摩県の中央辺りで、不自然に南側に大きく迂回している部分がある。
以前は、南北に細長かった旧神山町の中央辺りを、ほぼ横断する形であったのだが、地図で見れば大きな半円を描く形で、南側に迂回する形になったのだ。
何故、迂回するルートに変更されたのかといえば、旧神山町中央部分から、半径4キロの範囲が、魔法汚染危険地域……DZPMに指定され、その周囲一キロを加えた、半径五キロの範囲への、一般人の立ち入りが禁止されたからだ(Danger Zone Polluted by Magicの略称が、DZPM)。
現在の国道254号は、この旧神山町を中心としたDZPM……神山DZPMと、その周囲一キロの範囲を避け、南側を迂回しているのである。
旧神山町の東に隣接していた、東神山市の西側には、旧神山町へと向かっている、国道254号の旧神山バイパスと、南側を迂回する現在の国道254号の分岐点がある。
旧神山バイパスの方は、通常は完全に封鎖されている。
だが、現在は封鎖用の壁が、完全に破壊されてしまっていた。
鉄筋コンクリートで作られた壁は、完全に破壊し尽くされ、破片すら残されてはいない。
封鎖を突破したのは、カリプソのライブである。
分岐点でライブを一時停止させたカリプソは、ライブから降りると、創造魔法で作り出した水妖鞭で壁を破壊、風の現象魔法で壁の破片を吹き飛ばした。
壁を排除したカリプソは、ライブの中に戻ると、あっさりと封鎖を突破し、旧神山バイパスの中に入ったのである。
旧神山バイパスを一キロ半程進んだ先に、神山DZPMが存在する。
旧神山バイパスだけでなく、神山DZPMに通じる道は、全て封鎖してある。
それでも神山DZPMに近付こうとする、頭の螺子が外れている人間が後を絶たない為、神山DZPMは一般人が近づけない様に、四メートル程の高さがある、三重の鉄条網で囲まれている。
当然、旧神山バイパスの先にも、鉄条網は存在していて、その前の路上には、赤いライブが停車している。
ここまで辿り着いたカリプソは、赤いライブを乗り捨てると、一刀斎を抱き抱えて、鉄条網を跳び越えたのだ。
DZPMの内部は、殆どの機械類が使用不能になる為、自動車は走る事が出来ない。
故に、カリプソはライブを乗り捨て、神山DZPMに足を踏み入れたのである。
追跡して来た才蔵達の黒いセダンも、カリプソのライブに僅かに遅れて、この場に到着していた。
カリプソが鉄条網を、跳び越えた直後だ。
鉄条網の向こう側に、一刀斎を抱き抱えたまま走り去り、姿を消したカリプソを、才蔵達は鉄条網を越えて、追跡することが出来ない。
魔法を使えない人間にとって、鉄条網の向こう側にある、DZPMに足を踏み入れるのは、自殺行為に等しいので。
通信状況が悪い中、規格外犯罪対策局のICと連絡を取り、才蔵は警備隊本部の判断を仰いだ。
許可が下りたのなら、命懸けで単身、神山DZPMに入り、カリプソと一刀斎をっ追跡するつもりで。
だが、神山DZPMに入る許可は下りず、その場に留まって惣左衛門の到着を待ち、これまでの経緯を伝えた上で、後は惣左衛門に任せる様に、才蔵は本部より指示を受けたのだ。
それ故、才蔵は部下と共に、神山DZPMを囲む鉄条網の外側で、惣左衛門の到着を待ったのである。
鉄条網の外側は、大震災で破壊されたまま放置されたかの様に、荒れ放題の状況となっている。
路面のアスファルトは、至る所に地割れが走り、かってはビルや住居であった多くの建物は、倒壊したまま放置されているのだ。
神山DZPMの中とは違い、鉄条網の外側であるこの辺りは、魔法汚染されている訳ではない。
ただし、旧神山町と周辺地域が、DZPMとなるに至った事件の際、その周囲も一キロ程に渡り、壊滅状態に陥ってしまい、安全性の問題から、再建される事もなく打ち捨てられ、廃墟と化してしまっている。
大震災の跡地の様に、地割れと崩れた建物だらけで、かなり危険である為、神山DZPMの周囲一キロ範囲も、基本的には立ち入り禁止となり、道路などは全て封鎖されている。
こういったDZPMの周辺にある、立ち入り禁止となっている場所は、パウリ効果地域もしくは、その略称のPEZと呼ばれている(Pauli Effect Zone……略してPEZ)。
パウリ効果とは、ヴォルフガング・パウリという物理学者が、実験機器を良く壊していた事から生まれたジョークだ。
不可解な形で物が壊れてしまった場合、「パウリ効果」が働いたなどと、揶揄する形で使われる言葉であった。
DZPMの周辺地域では、機械類が壊れる確率が、異常に高くなる傾向がある。
この周辺地帯の呼称を定義する際、物理学者が「パウリ効果が働く地域だから、パウリ効果地域と呼ぼう」と冗談で言ったところ、それが呼称として正式に採用されてしまい、PEZが略称となったのだ。
大抵の場合、DZPMだけではなく、その周囲のPEZも、立ち入り禁止となり、封鎖されている。
だが、PEZのせいで、監視カメラなどの監視や防犯システムも、すぐに壊れてしまうし、有人監視警備を行うには、範囲が広過ぎる場合が多く、封鎖は完全とは程遠い状態となっている。
それ故、廃墟から物を盗み出そうとする犯罪者や、物見遊山気分で訪れる者達、立ち入り禁止地区の映像や画像を撮影しようとする者達の侵入が、後を絶たない。
PEZに立ち入るだけなら、保有する機械類が壊れるだけで済むが、中には鉄条網を乗り越えて、DZPMに侵入する愚か者まで、現れてしまう。
世界最大にして最悪のDZPMである、神山DZPMの中では、この世界では手に入らない筈の、奇跡的な力を持つ「宝」が手に入るという噂が、インターネットなどを通じ、世界中に広まってしまっている。
この噂を信じてしまい、神山DZPMに宝を求めて、命懸けで侵入する者達がいるのだ。
無論、そういった者達を待ち受けるのは、確実な死である。
機械類が動作不能となり、高度な魔法の能力を持つ者ですら、まともに行動する事が出来ない、魔法により汚染された、危険過ぎる地域に入るのは、泳げない人が嵐の海に飛び込むも同然の、自殺行為といえる。
一般的に知られている情報の範囲では、神山DZPMに入って生還を果たし、現在も生存しているのは、クロウリーのみ(他にも生還者はいたが、既に死亡している)。
規格外犯罪対策局が秘密裏に行った、一年前の探索において、惣左衛門と牡丹も調査の為に入り、生還を果たしているが、こちらは機密情報扱いであり、一般的には知られていない。
神山DZPM内で、まともに活動したと思われる生還者の中で、現在唯一の生存者であるクロウリーは、瀕死の重傷を負った上での生還、まともな探索すら出来なかった惣左衛門と牡丹ですら、重傷を負った上での生還であった。
このクラスの魔法の使い手ですら命の危険があるのが、神山DZPMという場所なのだ。
そんな神山DZPMに、空を飛んで近付いて来る者がいた。
手にした無線機のモニターに表示される信号と、規格外犯罪対策局のICからの連絡を頼りに、海濤海岸から飛んで来た、惣左衛門である。