067 我がセフィルよ、吹き荒ぶ風となり、我に従え!
カリプソも一人で、ティターニアと呼ばれる、人型の魔法駆動巨像を作り出せる。
ティターニアは、魔法主義革命家団体側で使用される、標準的な魔法駆動巨像であるティターンの中で、女性型の物の事だ。
ティターンはギリシャ神話やローマ神話に出て来る、巨大な身体を持つ神々の事であり、ティターニアは、ティターンの娘達という意味である。
ティターンやティターニアは、シンプルな魔法駆動巨像なのだが、少人数による運用が可能で機動性が高く、魔法の呪文による改造が容易であり、最もメジャーな魔法駆動巨像といえる。
見た目のバリエーションは様々で、カリプソが一人で作り出す場合は、身長十八メートルの、若い女性風のティターニアとなる。
ペプロスと呼ばれる、古代ギリシャ風の女性の衣服を身に纏う、美麗で巨大な鋼の女神が、カリプソの魔法駆動巨像という訳だ。
ただし、白大蛇を出現させようとしている柊に対し、カリプソはティターンを出現させようとはしない。
超高速詠唱法で呪文を唱え、カリプソが足元に出現させているのは、星型の現象魔法陣。
カリプソの胸元には、金色に輝くセフィルの光球が出現。
「我がセフィルよ、吹き荒ぶ風となり、我に従え!」
そう言い放ちながら、カリプソはセフィルの光球を右手で掴むと、現象魔法陣に叩き付ける。
直後、現象魔法陣から強烈な暴風……風のセフィルが出現し、カリプソの身体に纏わり付く。
現象魔法で発生させた現象は、纏魔を使える魔法使いや魔法少女の場合、言葉で指定せずとも望むだけで、自動的に纏魔状態になる(望まなければならない)。
纏魔を使えない魔法使いや魔法少女の場合は、身体の周囲を漂う感じで存在する為、不完全で非効率とはいえ、ある程度は防御手段にはなるのだが、打撃を強化する効果は皆無であり、飛ばして攻撃する事しか出来ない。
単純に比較すれば、現象魔法より創造魔法の方が、魔法としては高度。
創造魔法の中でも最上位といえる、魔法駆動巨像を作り出す魔法を使う相手に、風の現象魔法による纏魔で相対すれば、普通は不利となる。
それにも関わらず、白大蛇を出現させようとしている柊に対し、カリプソが風のセフィルの纏魔を行ったのには、明確な理由がある。
魔法駆動巨像を作り出す創造魔法は、高度過ぎる魔法であるが故に、負荷が重過ぎる為、深手を負った今の柊には、制御し切れる訳が無いと、カリプソは読んだのだ。
カリプソの読みは正さを証明するかの様に、柊の足元の創造魔法陣が、床に落とした皿が割れるかの様に崩壊を開始。
同時に、既に創造魔法陣から姿を現していた、白大蛇の頭部も、粉々に砕け散って、金色に輝くセフィルの粒子群となり、大気に溶けて消滅し始める。
白大蛇が消滅したので、その後方……創造魔方陣の端にいた柊の姿が、カリプソの目に映る。
柊は片膝をついて、左脇腹を押えていた。
傷口を押える左手は血に染まり、蒼褪めた顔は、苦痛に歪んでいる。
柊が限界を迎えているのは明らかであり、限界を迎えたからこそ、制御不能となった創造魔法が解除され、白大蛇と創造魔方陣は消滅したのだ。
立ち上がって身構えると、柊は声を絞り出して、現象魔法の発動コマンドを宣言しようとする。
「――ゲフェ……」
だが、台風を遙かに上回る暴風に襲われてしまい、柊は宣言を終えられない。
柊は台風の突風に飛ばされる傘の様に、強烈な魔法の風によって、百数十メートル程先まで、吹っ飛ばされてしまう。
カリプソが身に纏う風のセフィルの半分程を、一気に柊に向けて放ったのだ。
暴風と化した風のセフィルは、柊の身体だけではなく、砕かれたアスファルトの破片など、戦いのせいで壊れた、路上や道路脇の様々な物を、吹き飛ばしてしまった。
吹き飛ばされた先の路上で、仰向けに倒れたまま、柊の身体は動かない。
ただでさえ、雷撃でダメージを負っている上に、暴風に吹き飛ばされるという形で、追い討ちをかけられた柊は、完全に意識を失ったのだ。
カリプソと柊の勝負は、ここに決着した。
柊が朝から続く連戦で、消耗していなければ、別の結果で終わったかもしれないが、互角と評されていた両者の戦いは、カリプソの勝利で終わったのである。
倒れている柊の元に、駆け付けた警察官達が、柊を保護して、手際よく搬送する光景が、カリプソの目に映る。
横道に停車していて、無事だったパトカーの中に、柊を担ぎ込むと、パトカーは横道を走り出す。
勝負がついた状態で、逃げ去る敵を追撃する様な真似を、カリプソは好まない。
既に、かなりの時間をロスしてしまっていた上に、大量の魔力を消費してしまっていた為、カリプソ自身も、すぐにでもこの場を後にしたかったので、逃げ去るパトカーに構いなどしない。
カリプソは車に戻り、ブラック・メイデンを外すと、眠ったままの一刀斎が無事である事を確認してから、車をスタートさせる。
既に国道254号の前方に、カリプソの赤いライブの進行を、遮るものは無い。
魔法の戦闘により、国道254号の路面は、大地震の後の様に荒れ果てていた。
そのオフロードの様に荒れた路上を、赤いライブは揺れながら通り抜けると、道路脇や横道に隠れている警察官達を無視して、走り去って行く。
その少し後、才蔵達の黒いセダンが、荒れ果てた路上を走り抜けると、カリプソのライブの後を追い、走り去って行く。
カリプソが攻撃したのは、前方のパトカーだけだったので、後方にいた警備隊の車は、無事だったのだ(柊とカリプソの戦闘時は、巻き込まれない様に、遥か後方に退避し、戦いの様子を窺っていた)。
カリプソの赤いライブと、その後に続く才蔵達の乗る黒いセダンは、国道254号を北北西に向かって走り続ける。
二台の車が進む先には、今は封鎖されている、神山DZPMがある。
かっては人口が二万に達しようとしていた地方都市、神山町と近隣地域の成れの果てである、神山DZPMが……。
× × ×