006 クロウリー様、こちらへ! 奴とまともにやり合っては、勝ち目がありません!
クロウリーは即座に解除呪文を唱えて、護謨球を造り出した創造魔法を解除する。
魔法が解除されると、護謨球は一瞬で光の粒子群となって四散し、空気に溶け込む様に消滅する。
続けて、創造魔法の呪文を超高速詠唱し、クロウリーは鋼鉄製の障壁を造り出そうとする。
しかし、上を見上げ、惣左衛門の姿を確認したクロウリーは、自分の創造魔法が、間に合わない事を悟る。
宙に舞った惣左衛門は、炎のセフィルに身を包みながら、衆議院本会議場の天井まで飛ばされていた。
惣左衛門は、天井を足場として跳躍し、クロウリーに向って突撃しようとしていたのだ。
惣左衛門とクロウリーの距離は、十数メートル。
惣左衛門なら一瞬で間合いを詰め、鋼鉄製の障壁が完成する前に、クロウリーを仕留める事が出来る状況である。
(やられる!)
クロウリーは、敗北を覚悟する。
しかし、クロウリーの命運は、まだ尽きてはいなかった。
突如、クロウリーの後方から飛来した水の奔流が、あたかも龍であるかの様な動きを見せながら、惣左衛門に襲いかかったのだ。
そんな動きを見せるのだから、当然の様に普通の水では無く、魔法の水……水のセフィルの奔流である。
創造魔法で作り出された水の龍が、惣左衛門に襲い掛かった、水の奔流の正体。
水の龍……水のセフィルの奔流は、惣左衛門の纏う炎のセフィルと激突する。
炎のセフィルは水のセフィルに打ち消され、消え去ってしまうが、水のセフィルは炎のセフィルに蒸発させられて、大量の水蒸気に変化する。
水の龍の直撃を受けた惣左衛門は、空中でバランスを失い、落下する。
炎の魔法も、炎が水の龍にかき消されてしまった為、自動的に解除された。
炎のセフィルは消滅したが、水のセフィルは蒸発し、形状を水蒸気に変化させただけで、消滅した訳では無い。
水蒸気となったセフィルも、水のセフィルである事には、変わり無いのだ。
水蒸気という形で、水のセフィルが残ったという事は、水の龍……つまりは水のセフィルによる攻撃が、惣左衛門の炎のセフィルに、打ち勝った事を意味している。
もっとも、水のセフィルは炎のセフィルに対し、相性が良いので、当然と言えなくもないのだが。
「クロウリー様、こちらへ! 奴とまともにやり合っては、勝ち目がありません!」
「その声は……カリプソだな?」
クロウリーは、信頼する部下の名前を呼ぶ。
すると、マニッシュなダークスーツに身を包んだ長身の魔女が、クロウリーの前に姿を現す。
「今の攻撃は、お前がやったのか?」
姿を現した魔女……カリプソは、領いた。
黒い仮面を被った、ショートヘアーのカリプソの外見は、魔女と言うより、男装の麗人と言った方が相応しい。
作戦の失敗時に備え、退路を確保する為、衆議院本会議場を離れていたカリプソは、惣左衛門の襲来を知り、急いで衆議院本会議場に駆け付けた。
そして、クロウリーの危機を目にしたカリプソは、水の龍を作り出す創造魔法を即座に発動し、助けに入ったのである。
「炎を水で打ち消した結果として、大量の水蒸気が発生しました。この場は間もなく、水蒸気で埋め尽され、視覚が効かなくなります。今の内に、撤退しましょう」
惣左衛門の雷撃隼爪脚を、クロウリーが護謨級で防ごうとする場面を目にした時点で、次に惣左衛門が纏魔を行うのは、炎のセフィルになるだろうと、カリプソは先を読んだ。
その上で、カリプソは膨大な魔力を投じて創造魔法を発動、炎のセフィルに対して相性が良い、水の龍を作り出していた。
惣左衛門の魔力は強力なので、身に纏う炎のセフィルだけでも、水の龍の素材となる大量の水を、一気に水蒸気にする事が出来る。
炎のセフィルを打ち消すだけでなく、打ち消した結果、水のセフィルが大量の水蒸気となる事を、カリプソは狙ったのである。
撤退用の煙幕として利用する前提で、カリプソは故意に、大量の水蒸気を発生させた訳だ。
「見事だ、水蒸気で視界を潰す事まで、計算の内か……」
クロウリーは、自分を上回る戦闘センスを持つカリプソの顔を見ながら、感心した風な顔で呟く。
もっとも、カリプソは顔の上半分を、彼女のマジックブースターである、黒い仮面で隠しているので、顔を見るとは言っても、左側にホクロがある口元と、目の周りしか見えないのだが。
「確かに、今の我等の戦力では、この場で奴とやり合っても、勝てる確率は低い。奴の強さは、次元が違い過ぎる」
忌々しそうに、クロウリーは言葉を吐き捨てる。
勝てる確率が低い戦いを続ける程、クロウリーは馬鹿では無い。
十分な戦力を揃えもせずに、惣左衛門と正面切って戦っても、クロウリー達に勝ち目が無いのは、これまでの戦いで、既に分かり切っていた事なのである。
「総員、撤退!」
クロウリーは部下達に、撤退命令を下す。
高温の水蒸気は、既に衆議院本会議場の五割程の空間を埋め尽くし、人々の視界を、乳白色に塗り潰しつつあった。
水蒸気は、カリプソの狙い通り、事実上の煙幕となったのだ。
銀の星教団のメンバー達は、クロウリーに率いられ、出入り口に向って走り出す。
出入り口付近は、通気性が良いせいか、水蒸気の濃度は薄い。
銀の星教団のメンバー達は、水蒸気に視覚を潰される事無くスムーズに撤退、カリプソが整えた退路を利用し、国会議事堂を後にする。