056 つれない事言うなよ、もっと付き合えって!
「――やるじゃない」
不敵な笑みを浮かべながら、惣左衛門は続ける。
「時間があれば、もう少し戦いを楽しみたいし、鬼伝流の新戦法の実験相手にしたいところなんだが、生憎と今日は忙し過ぎて、時間が無いんでね。そろそろ決めさせて貰う!」
「つれない事言うなよ、もっと付き合えって!」
レキウユンは惣左衛門に向かって突進し、再びナイフによる刺突の雨を降らせる。
だが、今度は刺突も斬る攻撃も、その全てが惣左衛門に回避され、当たらない。
「お前のナイフは、さっきので見切った!」
言葉通り、惣左衛門は完璧にナイフ攻撃を回避しながら、その合間に鋭い打撃を、次々と打ち込み始める。
掌打に拳打、肘打ちに蹴り……惣左衛門の多彩かつ鋭い連打は、レキウユンの纏魔による守りを、あっという間に削り取ってしまう。
レキウユンが最初に行った、ナイフによる連続攻撃に対し、惣左衛門は反撃を行わなかった。
やろうと思えば出来たのだが、あえて見切る事に専念していたのである。
その結果、既にレキウユンのナイフ攻撃は、その速さと動き、攻撃に入る際の目や身体の動きに至るまで、惣左衛門は全てを把握し、見切ってしまった。
レキウユンのナイフ攻撃は、もう二度と惣左衛門の身体や着衣を、掠る事すらない。
纏魔を行っている時は、纏うセフィルの色に、全身が包まれる場合が多い(風のセフィルなど、無色の場合もある)。
既にレキウユンの胸や腹……顔面などは、炎のセフィルの色である、赤や橙系の色合いを、完全に失っている事から、纏魔による防御能力を失っているのは明らか。
炎のセフィルの色が消え失せた急所である、レキウユンの急所……顎を狙い、惣左衛門は強烈な掌打を、下から叩き込む。
鬼伝無縛流のアッパーカット風の掌打、通天顎砕である。
仰向けに仰け反る形で、レキウユンは受け身も取れずに倒れる。
纏魔による守りを失った顎に、強烈な一撃を食らったレキウユンは、脳震盪を起し、白目を剥いて意識を失っている。
レキウユンは死にはしなかったが、完全に気を失い、当分は意識が戻らないだろう。
惣左衛門とレキウユンの勝負は、ここに決したのだ……惣左衛門の勝利で。
だが、レキウユンからすれば、自分が負けるのなど、分かり切っていた事。
仲間が逃げるまでの時間稼ぎが出来れば、それで良かったのだ。
レキウユンが時間稼ぎ狙いであったのは、惣左衛門にも分かっていた。
だからこそ、早目に仕留めたのだが、レキウユンの戦闘力は低くはなく、倒すのに三分もの時間を、惣左衛門はかけてしまっていた。
「拙いな、遊んだ訳じゃないんだが、少し時間をかけすぎたか?」
惣左衛門は飛行魔法を解除し、即座に索敵魔法を発動。
「索敵準備!」
索敵準備宣言により、半径十キロ範囲の状況が、立体映像の3DCGの様に再現される。
「索敵対象は、セフィル反応のある人間、全てだ!」
すると、セフィル反応のある人間……つまり、魔法を使っているか、使ってから余り時間が過ぎていない人間が、金色の光点として表示される。
光点の数は十であり、中央に表示されている、惣左衛門とレキウユンも含まれている。
動いているのは二個だけで、海の上を飛行中であり、複雑なコースを描きながら飛行し、衝突を繰り返している。
「海の上を飛んでいるのは、榊と敵の魔法使いだな。戦闘中なんだろう」
残りの六個は、あちこちに散らばっていて、動いていない。
「――動いてないのは、榊が倒した連中ってとこか」
惣左衛門の推測は正しく、動いていない五個の光点は、榊が倒した魔法使いである。
「確か、コロッサス・オブ・リバティを動かしていたのは、十五人だったな」
コロッサス・オブ・リバティが崩壊した時、惣左衛門は消滅した頭部から姿を現した、魔法使いの数を数えていた。
「榊が戦っているのと、倒した奴の合計が七、俺が倒したこいつを足して八だから、七人は索敵範囲外に逃げた訳か」
口惜しげに呟く惣左衛門だが、索敵範囲から逃れた敵の追撃を、諦めた訳ではない。
惣左衛門は立体映像を眺めつつ、逃げた敵がどの辺りにいるのかを推測。
ヒントとなるのは、榊が倒した魔法使いを示す、光点の位置。
光点の存在位置は、惣左衛門から見て東側と北側に、集中していた。
「魔法使い連中は、四方八方に散開して飛び去り、東と北の方に集中して、榊に倒されてるって事は、逃げた連中は西と南の可能性が高いな」
倒された魔法使いがいない方向こそが、索敵範囲外に逃れた魔法使い達がいる方角だと推測した惣左衛門は、即座に索敵魔法を解除、飛行魔法に切り替える。
すぐに飛び立とうとするが、やり忘れた事があるのに気付き、レキウユンに歩み寄る。
既にセフィルによる守りを完全に失っている、レキウユンの首筋に指先を当てると、脈を確認。
その上で、経穴の一つを突いて、気を経絡に流し込み、気の流れを徹底的に乱す。
経絡の気の流れを乱し切ってしまえば、仮に意識が回復した所で、身体はまともには動かない。
当然、魔法も使えないし、逃げられもしなくなる。
惣左衛門が「やり忘れた事」とは、レキウユンの逃亡を防ぐ処置だったのだ。
普通の魔法少女は、常に携帯している強力な薬物を使い、倒した魔法使いの意識を失わせ、動けなくするのだが、鬼宮一族の魔法少女は、余り薬物の使用を好まないので、惣左衛門と同じやり方で、魔法使いを行動不能の状態にするのである。
レキウユンの逃亡を防ぐ処置を終えた惣左衛門は、一気に高度二百メートル程の高さまで舞い上がると、まずは西に向かって、水平飛行を開始。
一気に海濤原子力発電所の上を飛び越えると、海濤村の市街地の上を、西の空の彼方に向かって、超高速で飛び去って行った。
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