046 この段階に至り、常勝真人は自覚する、明らかに格が違う相手に、自分が勝負を挑んでしまった事を
風のセフィルの暴風は、玄武の上にいた常勝真人にまで襲い掛かった。
手元に残しておいた武器の殆どは、飛ばした武器と同様に、圧し折られて砕け散り、吹き飛ばされて消滅。
残されたのは、常勝真人が元から右手に持っていた槍と、慌てて左手で掴んだ、近くで浮いていた長柄の大刀……偃月刀のみ。
風のセフィルに吹き飛ばされかけた常勝真人は、両手に持つ二本の武器を、玄武の甲羅に突き刺して、何とか踏み止まる事が出来た。
風属性の魔法武器を使用中なので、風のセフィルによる魔甲に守られている為、常勝真人は身体にはダメージを負っていない。
ただし、身体程ではないが、魔甲に守られている筈の着衣は、至る所が暴風に切り裂かれている……常勝真人が身に纏う魔甲が、既に破られつつある証拠だ。
同じSクラスの魔力を持つ者同士が、同じ条件で放った、同じ属性の魔法攻撃なのに、ここまで圧倒的な威力の差がついてしまったのは、惣左衛門が心身同調放撃により、威力を倍化させたせいでもある。
だが、仮に惣左衛門が心身同調放撃を使わなかったとしても、結果は大して変わらなかっただろう。
レベルSの魔力保有者であっても、惣左衛門はレベルSという枠を超えるかもしれないので、レベルS以上として扱われる存在(クロウリーも同様)。
それに比べて、常勝真人はレベルSとはいっても最低レベルの、レベルAに近い程度。
そんな惣左衛門と常勝真人が、同じ条件で同じ属性の攻撃をぶつけ合えば、惣左衛門が勝つのは当たり前なのだ。
負けて当たり前の勝負を、常勝真人が挑んでしまったのは、これまで中国における戦いでは、一対一の戦いであれば、常勝の名に偽りなしと言える程度に、一度の負けも知らなかったが故(多数の魔法少女を相手にした、集団戦闘での敗北は経験している)。
魔力においても魔法戦闘能力値においても、惣左衛門の方が上であるのを、常勝真人は情報としては知っていたのだが、信じてはいなかった。
世界各国は一応、魔力や魔法戦闘能力値の基準を、共通化してはいるのだが、現実には国によって、かなりズレがあるのを、常勝真人は知っていた。
一対一の戦いであれば、中国で一度も負けた事が無い自分が、他の誰かに負ける訳などないと、常勝真人は思い込んでしまった。
その増長のせいで、魔力や魔法戦闘能力値において、惣左衛門が自分を上回っている事を、常勝真人は信じられなかったのである。
そして今回、惣左衛門と戦うつもりで、日本での作戦を実行に移した訳ではないのだが、常勝真人は惣左衛門と戦う機会を得てしまった。
故に、惣左衛門よりも自分の方が上であるのを証明しようと、惣左衛門相手に一対一での勝負を挑むという、無謀な真似をしてしまったのだ。
その結果、一対一の戦いであれば、過去に戦った全ての相手を倒せた魔法……千仗乱舞は、惣左衛門が放った風のセフィルの攻撃に、完全に打ち負けてしまった。
この段階に至り、常勝真人は自覚する、明らかに格が違う相手に、自分が勝負を挑んでしまった事を。
焦りの表情を浮かべながら、常勝真人は必死で体勢を立て直し、玄武の甲羅の上で身構える。
常勝真人は即座に、惣左衛門の様子を確認すべく、ガス・ホライズンの舳先の方に目をやる。
風のセフィルを放った反動で、後方に飛ばされていた惣左衛門は、ガスタンクを足場にして跳躍。
すぐさまガス・ホライズンの舳先に戻ると、惣左衛門は舳先を蹴って宙に舞い、更に風のセフィルを後方に噴射し、玄武に向かって長距離ジャンプを行った。
身構えた常勝真人の目に映ったのは、スキージャンプの選手の様な姿勢で飛来する、惣左衛門の姿。
惣左衛門が間も無く、自分を打撃による攻撃が可能な間合いに捉えるのは、確実な状況なので、新たな魔法を発動させる余裕も、発動中の千仗乱舞にセフィルを再チャージする余裕も、常勝真人には残されていない。
残された槍と偃月刀、身体を守る風のセフィルの魔甲のみが、常勝真人に残された戦力といえる。
追い込まれながらも諦めず、常勝真人は瞬時に思考を巡らせ、最良と言える策を選ぶ。
常勝真人は右手に持つ槍を、槍投げの選手の様な見事なフォームで、惣左衛門に向けて投げつける。
投擲された槍は、迎撃ミサイルの様に、惣左衛門に襲い掛かる。
高速かつ直線的な動きで突撃して来た惣左衛門は、高速で飛来する槍を回避出来ない。
纏魔状態の両腕を、身体の正面で交差させ、惣左衛門は槍を受け止める。
惣左衛門の風のセフィルによる纏魔に打ち負け、槍は砕け散ってしまう。
だが、高速で衝突した槍は、惣左衛門の突撃の勢いを、ある程度は殺ぐ事が出来た。
常勝真人に向かって、長距離ジャンプを行った惣左衛門は、槍の衝突により勢いを殺がれたせいで、常勝真人よりも十五メートル程手前の甲羅の上に、着地してしまった。
槍による迎撃が無ければ、長距離ジャンプのまま放った、風のセフィルの噴射で加速した跳び蹴り……風撃隼爪脚で、惣左衛門は常勝真人を仕留められたのだが。