034 このタイミングで、手の空いてる魔法少女がいないとは……魔法主義革命家団体が、手を組んで事を起したのか? それとも、ただの偶然か?
「裏門から車が出て来ます。妙ですね、こんな時間に……」
凪澤中学校の裏門を監視している部下から、無線機を通じて、才蔵に連絡が入る。
凪澤中学校の校門から、少し離れた所に停車している車の近くで、二人の部下と共に、校門付近を監視していた才蔵は、即座に部下に指示を出す。
「車を止めて、中を確認しろ!」
才蔵の命令に、部下は声を上擦らせながら応える。
「駄目です! 停止の指示を無視されて、突っ切られました!」
「車種と、運転手の年齢と性別は?」
部下は才蔵の問いに、無線で答を返す。
「車種はホンドのライブで、色は赤! ナンバーはカバーで覆ってあり、確認出来ませんでしたが、北村藤那という音楽教師が、通勤に使用しているものだと思われます!」
教職員が使用する車に関する情報は、警備隊員達は全て頭に叩き込んでいる。
それ故、見るだけで誰の車なのかは、大よそ分かるのだ。
ちなみに、ホンドは日本の自動車メーカーであり、ライブ(LIVE)は、トールワゴンタイプの軽自動車である。
「運転手に関しては、フロントも左右の窓も、法に触れない程度の濃さの奴ですが、スモークフィルムが貼ってあり、確認出来ませんでした! 北村藤那のライブには、今朝までスモークフィルムは貼っていなかったので、その後に貼ったと思われます!」
「車が囮の可能性もある。半田の班は校内に突入、鬼宮一刀斎の安否を確認しろ! 残りの者は、車を追尾!」
命令を下しながら、才蔵は近くにいた二人の部下と共に、車に乗り込む。
運転手を務める部下……松島奉侍は、即座にエンジンをかけると、裏門に向けて車をスタートさせる。
助手席に座った才蔵は、無線機のチャンネルを、規格外犯罪対策局のIC(情報センター)に合わせる(セキュリティの問題から、警備隊は携帯電話でなく、専用の高度に暗号化された無線通信の回線を使う場合が多い)。
「非常事態発生! 凪澤中学校の裏門から出て来た不審な車が、停止の指示を無視して逃亡! 車種はホンドのライブ、所有者は凪澤中学校の音楽教師、北村藤那だと思われるが、スモークフィルムのせいで、現時点では運転手が誰なのか、確認は出来ていない!」
才蔵は早口で、報告を続ける。
「現在、本隊が車を追跡しつつ、半田指揮下の別動隊が校内に突入し、鬼宮一刀斎の身柄を確認中! 鬼宮一刀斎の誘拐が確認された場合に備え、即座に凪澤に魔法少女を送れるよう、準備を要請する!」
「了解……と言いたい所なんですが、現在、日本各地で魔法主義革命テロ事件が頻発中につき、すぐに凪澤市に送れそうな、手の空いてる魔法少女がいません!」
かなり混乱した状況らしく、ICの女性オペレーターの声は、焦り気味である。
「とにかく、鬼宮一刀斎の誘拐が確認された場合は、魔法少女の手が空き次第、即座に応援に向わせます! 魔法少女が追跡可能な信号を発信しつつ、不審な車の追跡を続行して下さい!」
「了解!」
ICの女性オペレーターとの会話を終えた才蔵は、無線機を切り、車の天井に設置してある、信号発信機のスイッチをオンにする。
不審な車を追跡している、自分達の現在位置を、ICと魔法少女に知らせる為に。
「このタイミングで、手の空いてる魔法少女がいないとは……魔法主義革命家団体が、手を組んで事を起したのか? それとも、ただの偶然か?」
才蔵は自問するが、情報が少ないので、答を出しようが無い。
「――それにしても、参ったな。北村藤那……なのかどうかは、まだ分からないが、車に乗ってる奴が、魔法使いだった場合、俺達じゃ勝ち目がないってのに」
口惜しそうに呟いた才蔵に、奉侍が問いかける。
「あれですね、赤のライブ。スモークフィルムも、貼ってありますし」
奉侍が前方に姿を現した仲間の車と、その前方を走る、赤い小さなトールワゴンを視認したのだ。
十字路の左側の道から左折する形で、才蔵達が乗る車の前に割り込んで来た二台の車は、どちらも制限速度を遙かに越えるスピードで、才蔵達の車から遠ざかって行く。
「――シートベルトしてるでしょうね? こっちも飛ばしますよ!」
車中にいる才蔵と、後部座席に座っている新人の部下は、奉侍の言葉を聞いて、一応はシートベルトを確認する。
後部座席に座っていた新人だけ、シートベルトを締めていなかったので、慌ててシートベルトを締める。
後部座席の新人が、シートベルトを締め終えたのを、ミラーで視認した奉侍は、ギアを操作しアクセルを踏み込み、車を急加速させる。
車中にいる三人は、身体をシートに押し付けられたかの様な、感覚を味わう。
制限速度を完全に無視したスピードを出し、何とか才蔵達が乗る車は、先行する二台の車に追い着く。
だが、先頭を走る赤いライブは、更にスピードを上げ、追い駆けて来る二台の車を、突き放そうとする。
無論、警備隊の二台の車も、放されまいとスピードを上げる。
異常なスピードで走る三台の車に、他の車の運転手達は驚き、巻き込まれるのは御免だとばかりに道を譲る。
強い陽射に照らされた、真昼の凪澤市で、ハリウッド映画のカーアクションシーンの様な、激しいカーチェイスが始った。
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