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031 お前等……北村先生とあたしに対する態度が、随分と違うじゃねーか!

「今朝、風太郎が校門の前で、気を失って倒れていたそうだ」


 美十理は呆れた様な口調で、目の前にいる生徒達に、風太郎の身に起きた不幸を告げた。

 一年A組の朝のホームルームが、始まった直後の事である。


 生徒達は一斉に、一番後ろの窓際の席を見る。

 その席には、一刀斎が座っている。


 惣左衛門の事で一刀斎をからかった風太郎が、一刀斎にぶちのめされるのは、日常茶飯事と言える程度に良くある事なので、誰が風太郎を気絶させたのか、生徒達にも分かってしまうのだ。


「外傷も無かったらしいし、意識も保健室で取り戻したそうなんだが、『気分が悪い』とか言って、風太郎は早退したそうだ。まあ、自分で因縁をつけておきながら、ノックアウトされたら、恥ずかしくって、教室に顔出せないよな」


 教室中から、笑いが起る。


「誰が風太郎をノックアウトしたのかも、何でノックアウトされたのかも、大よそ分かってはいるが……」


 一刀斎は気まずそうに、美十理から目を逸らし、窓の外に目をやる。


「鬼宮、お前の父さんの事をからかう、風太郎が悪いのは、先生も分かってるから、ある程度の事は大目に見るけど、気絶させるのは、やり過ぎだよ」


 美十理は一刀斎を諭すように、言葉を続ける。


「相手が気を失わない程度に、ちゃんと手加減しなさい。お前は、強いんだから」


「は~い!」


 一刀斎は、気の抜けた様な返事を口にする。

 一刀斎からすれば、後で何らかの問題が起こらない様に、かなり手加減したつもりだったので、やり過ぎと言われたのは、少し納得行かなかったのだ。


「あ、それと……放送委員会絡みの事で、北村先生が鬼宮に用事があるんだそうだ。昼休みに、音楽教官室に行くように!」


 北村という名前を聞いて、クラスの男子生徒達が色めき立つ。

 そして、一刀斎に対する羨望の声が上がる。


 藤那は、凪澤中学校の女教師……というより、女生徒まで含めた、凪澤中学校の全女性の中で、トップクラスの人気を誇っている。

 年上の魅力的な異性である藤那は、色気付き始めた男子生徒達にとって、「個人授業を受けたい教師ランキング第一位」的な、存在なのである。


 当然、一刀斎にとっても、藤那は憧れの存在だった。

 一刀斎が放送委員会の委員に立候補したのも、放送委員会の担当教員が、藤那だったからなのだ。


 多数の男子生徒が立候補したので、ジャンケンで放送委員を決める事になり、一刀斎はジャンケンに勝ち抜いて放送委員となった。

 ちなみに、鬼宮一族でまともに武術の鍛錬を積んだ者であれば、本気を出せば、ジャンケンで普通の相手に負けたりはしない。


 何故かといえば、ジャンケンで相手が何を出すか、直前の筋肉の動きで見切った上で、後出しと判断されぬ素早さで、自分の手を出せる為、勝とうとする場合は負けようが無いのである。

 一刀斎は普段、ジャンケンで本気を出したりはしないのだが、放送委員の座を争うジャンケンでは、珍しく本気を出したのだ。


「いいなー! 俺も放送委員会、入りたかったなー!」


 一刀斎の右斜前の席に座っている、垂れ目気味ではあるが、優しげに整った顔立ちの、髪の長い少年が、一刀斎の方を向いて、羨ましそうに呟く。

 少年の名は仁藤聡明にとうそうめい、小学校時代からの、一刀斎の親しい友人である。


 一刀斎は聡明に自慢するかの様に、小さくⅤサインを出しつつ、聡明に言葉を返す。


「あっきー先輩狙いで、飼育委員になった癖に、今更何言ってやがんだ!」


 あっきー先輩とは、秋篠諒姫あきしのあきという、女子バスケット部で活躍する女生徒だ。

 スポーツ万能で見た目にも恵まれ、気さくな性格である事から、とても人気が高い。


 諒姫に憧れる男子生徒の一人である聡明は、諒姫が去年も所属していたという、飼育委員会に立候補し、飼育委員となったのである。

 しかし、残念ながら、飼育委員としての仕事を担当する曜日が違うせいで、聡明は諒姫と会う機会に、余り恵まれていない。


 対照的に、一刀斎の方は、何かと藤那に呼び出され、頻繁に会う機会がある。

 それ故、聡明は一刀斎を羨ましがり、諒姫に会えない自分の境遇を、愚痴りがちなのだ。


 藤那に呼び出されて、喜んでる一刀斎が、聡明と話している様子を、離れた席に座っている凛宮は、少し不機嫌そうな顔で眺めている。

 そして、少し不機嫌になっていたのは、凛宮だけではなかった。


 自分に対しては、盛り上がらない男子生徒達が、藤那に対しては盛り上がる様子を目にして、美十理は少しだけ不機嫌になってしまったのだ。

 藤那が自分より魅力的なのは、美十理も分かっているのだが、あからさまに違い過ぎる、男子生徒達の態度を目にすると、女としての本音では、不機嫌にならざるを得ないのである。


「お前等……北村先生とあたしに対する態度が、随分と違うじゃねーか!」


 美十理は、不満を堂々と口にする。

 藤那と同い年の美十理は、顔では多少……藤那に劣ってはいるのだが、藤那以上の長身とプロポーションの持ち主であり、男女間わず人気がある教師である。

 でも、体育教師という職業上、常にジャージ姿なので、色気というものと無縁なのだ。


 そのせいもあって、男子生徒達からの人気では、圧倒的に藤那に負けてしまっている。

 無論、服装だけでなく、ざっくばらん過ぎるキャラクターも、女性としての魅力を、大きく削いではいるのだが。


「男子は次の体育の授業、水泳から持久走に変更! 残暑が残りまくった、九月の持久走は、地獄だぞ!」


 美十理の言葉に、男子生徒達は、悲鳴を上げた。

 実際は、美十理の発言は冗談であり、ちゃんと水泳の授業が行われたのは、言うまでもない。



    ×    ×    ×




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