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030 男の子だけど、女の子より綺麗な子じゃないですか、鬼宮君は

「――懲りないねえ、風太郎の奴も」


 校舎の二階にある職員室の窓から、校門の前の騒ぎを眺めながら、黒いジャージに身を包んだ二十代前半の女教師は、呆れた様に呟いた。

 彼女は、一刀斎のクラスの担任を務める体育教師、刃向美十理はむかいみどりである。


「鬼宮には勝てないって分ってる癖に、ちょっかい出すんだよ、風太郎は。何でかねぇ?」


「――構って欲しいんじゃ無いのかな。鬼宮君は、魅力的な子ですから」


 アルト気味の声が、美十理の独り言の自問に答えた。

 美十理は、声の主の姿を確認する為に、左側を振り向く。美十理の左隣には、何時の間にか、同僚の女教師が立っていた。


「北村先生……」


 ワイシャツの様にマニッシュに見える、白のシンプルなブラウスに、長い脚に良く似合う、黒いスラックスという出で立ちの、ショートヘアーの女教師に、美十理は声を掛ける。

 アルト気味の声の主である女教師の名は北村藤那きたむらふじな、美十理の同僚である、二十代前半の音楽教師だ。


「自分が惹き付けられる相手……嫌が応にも意識してしまう相手には、自分の事も意識して欲しいものなんですよ。それが、どんな形であってもね」


 藤那の言葉を聞いて、美十理は苦笑いを浮かべる。


「――惹き付けられるって、鬼宮も風太郎も男ですよ」


「男の子だけど、女の子より綺麗な子じゃないですか、鬼宮君は」


「見た目だけならね。中身の方は、可愛さとは程遠いよ。口は悪いし、武闘派だし」


「綺麗な薔薇には棘があるって、言いますからね」


「――綺麗な薔薇には棘があるなら、北村先生にも棘があるって事になるんじゃない?」


「え?」


 困惑気味の表情を、藤那は浮かべる。


「北村先生って、同性の私から見ても、素敵だもんね」


 羨ましそうな目で、美十理は藤那を見詰める。

 百七十五センチ程の長身の、均整が取れた藤那の身体は、女性としての魅力に溢れている。


 彫りの深い藤那の顔には、大きくて印象的な瞳と、すっきりとした鼻、少し厚めの唇が、バランス良く配置されている。

 唇の左下にはホクロがあり、藤那のチャームポイントとなっていた。


「――そんな事、無いですよ」


「謙遜なんか、しなくていいって」


「――そうだ! 私、刃向先生に用事があったんだ」


 謙遜しながらも、藤那は会話の流れを切り替えるべく、別の話題を切り出した。


「用事?」


「放送委員会の事で、鬼宮君に用があるんです。昼休みに音楽教官室に来るように、伝えておいて頂けませんか?」


「そう言えば、鬼宮は放送委員だったな」


 藤那が担当する放送委員会に、一刀斎は所属しているのだ。


「鬼宮、迷惑かけてない?」


「迷惑どころか、凄く助かってますよ。鬼宮君、積極的に委員会活動に、参加してくれてますから」


「あいつが、熱心に委員会活動ねえ……。らしく無いな、そんな真面目なキャラじゃなかった気がするけど」


 意外そうな顔で、美十理は首を傾げる。


「そうですか? 鬼宮君は基本的に、真面目な子だと思いますけど」


 その理由を、藤那は説明する。


「思春期の男の子ですから、不真面目な風に、自分を見せたがったりもするんでしょうけど、身体の動きを見れば、彼がどれだけ真面目な人間なのかは分かります」


「身体の動きで?」


 美十理の問いに、藤那は頷く。


「不断の努力を続け、自らを鍛え続けられる人間だからこそ、鬼宮君はあの歳で、あれだけ身体を動かせるんです。真面目さが無ければ、無理な事ですよ」


「あいつの場合、才能じゃないの? 天才鬼宮惣左衛門の遺伝子、受け継いでるんだし」


 惣左衛門の名を聞いて、藤那は一瞬だけ顔を強張らせるが、すぐに表情を元に戻し、口を開く。


「優れた玉鋼たまはがねであっても、鍛えなければ刀には成りませんし、刀になっても常に砥ぎ直し続けなければ、すぐに切れ味は落ちるものです」


 藤那は日本刀に例えた上で、言葉を続ける。


「父親譲りの優れた才能に、鬼宮君は恵まれてはいるのでしょうけど、常に鍛え続けていなければ、才能は発揮されずに衰えるだけで、あんな風に身体を動かせはしませんよ」


 風太郎など、一刀斎にちょっかいを出す生徒がいるせいで、これまで幾度となく、一刀斎が武術を使うのを、藤那は目にする機会があった。

 他にも、体育の授業や体育系の学校行事において、一刀斎が並外れた運動能力を披露するのも、藤那は目にしていた。


 それ故、一刀斎がどれだけ身体を動かせるか、見知っているのだ。


「まぁ、天才と言われた一流のスポーツ選手なんかも、トレーニング怠ると、すぐに衰えるものだから、鬼宮も才能だけじゃないって事か……」


 美十理の言葉に、藤那は頷く。


「北村先生は、随分と鬼宮の事、気に入ってるみたいだね。魅力的とか綺麗な子とか、真面目だとか……」


「――気に入ってますよ、何時でも側にいて欲しい位にね」


 意味有り気な笑みを浮かべながら、中学校の教師としては相応しく無い言葉を、藤那は口にする。


「そんな台詞、中学校の女教師が言ったら、冗談でもヤバいでしょうが」


 美十理は、藤那の大胆な発言を聞いて、冗談とは思いながらも、少し狼狽する。


「鬼宮君への伝言、頼みましたよ」


 意味有り気ではなく、普段通りの笑顔で、美十理に頼んでから、藤那は背を向けて歩き始める。


「あんな冗談……言うキャラじゃ無かった筈なんだけど、北村先生」


 歩き去って行く藤那を目で追いながら、美十理は呟いた。



    ×    ×    ×




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