029 俺が追い詰められたテロリストなら、警備と監視が甘い学校の中で、ターゲットを狙う……間違い無くな
「妹の方はともかく、あの兄の方に、俺達みたいな警備って、必要なんですかね? 素手でも武装してる俺達より、強いような気がするんですが」
黒いセダンの車内から、一刀斎を監視している警備隊員の一人が、風太郎を瞬殺した一刀斎を見て、疑問を口にする。
凪澤中学校の校門から、二十メートル程離れた場所に停車している黒いセダンは、魔法主義革命家団体によるテロ活動から、一刀斎を護る為に派遣されている、警備隊の特殊車両である。
警備隊の隊員達は、一刀斎の私生活に迷惑をかけないように、二十メートル以上の距離を空け、複数のチームで警備しているのだ。
「必要だからこそ、我々が配備されているんだ。強いとは言っても子供は子供だよ、大人が罠にはめようと思えば、幾らでも隙はあるのだからな」
助手席に座っている、一見すると何処にでもいそうな、普通過ぎる見た目の四十歳前後の男が、短髪で色黒の部下の問いかけに答えた。
一刀斎の警備を担当しているチームのリーダーを務める、巽才蔵という男である。
「警備の必要があるからこそ、中学校の校内での警備や監視が出来ない事が、問題なんだがね……」
一刀斎が、中学校の中に入って行く姿を目で追いながら、渋い表情で才蔵は呟く。
事件発生以前に、警備隊の隊員が校内に入る事や、校内への警備用監視システムの設置は、禁止されているのだ。
それ故、警備隊による警備や監視も、警備用監視システムによる監視体制も、凪澤中学校の周囲に限定されている。
校内に入った一刀斎に対する監視や警備は、才蔵達には不可能なのである。
「何で我々は、学校の敷地内に入れないんですかね?」
新人であるが故に、そういった制度になった詳しい経緯を知らない部下が、才蔵に問いかける。
「事件発生前に、警察や公安関連の人間を公共の教育機関に入れると、『聖域である教育の場に、公権力たる警察や公安を介入させるとは、何事だ!』って、騒ぎ立てる連中が多いんだそうだ」
規格外犯罪対策特別委員会と、その配下の実働組織である規格外犯罪対策局は、政府機関の一つなのだが、何等かの省庁のラインにある訳ではなく、内閣府直属の機関である。
同じく内閣府直属である国家公安委員会と、その配下である警察庁……つまり公安や警察とは、ラインが異なる政府機関といえる。
ただし、公安や警察関連の政府機関や防衛庁などから、横断的に人材を掻き集めて組織された経緯上、公安や警察、自衛隊などに類する政府機関として、扱われる場合が多いのだ(外務省などの他の省庁や、地方自治体からも、多くの人間が集められている)。
「そのくせ、事件が発生すると同じ連中が、『警備体制が甘かった! 警察や公安の責任を問え!』って喚き立てるんだから、堪らんよ」
忌々しそうに、才蔵は続ける。
「誘拐は、追い詰められたテロリスト連中にとっての、常套手段だ。壊滅寸前まで追い込まれた銀の星教団の残党が、奴等にとって最大の敵だった鬼宮惣左衛門の家族に、誘拐型のテロを仕掛ける可能性は、極めて高い」
実は、惣左衛門の家族に対するテロの可能性が、著しく高まったと判断した才蔵は、一刀斎と伊織の通う学校施設内における、警備隊による警備と監視を、一時的に特例措置として可能にする様に、上層部に要求していた。
しかし、未だに上層部から、許可は下りていなかったのである。
魔法主義革命を封じ込める為、人権侵害レベルの様々な制度が施行されている日本でも、義務教育段階の子供に関わる部分は、過去と大して状況は変わっていないのだ。
義務教育段階の子供が、魔力検査の義務化対象から外されているのも、その一環と言える。
「俺が追い詰められたテロリストなら、警備と監視が甘い学校の中で、ターゲットを狙う……間違い無くな」
渋い表情で呟いた才蔵に、新人の部下が疑問を投げかける。
「確かに、国会でのテロに失敗し、四天王を全て失った銀の星教団は、相当に追い詰められてはいるんでしょうが、連中がそこまでやりますかね? シュタイナー協定を徹底して遵守する事に関しては、銀の星教団は定評がある筈ですが」
「『君子は豹変す』というだろ、人や組織の態度や方向性なんてものは、その時々の都合や状況次第で、幾らでも変わるものさ」
皮肉っぽい口調で、才蔵は言葉を続ける。
「まぁ、この場合は易経由来の本来の意味じゃなくて、広まった誤用の意味の方だがな」
才蔵が口にした「君子は豹変す」という易経由来の諺は、徳の高い君子などの人物は、すぐに過ちを認め、豹の斑模様の様にはっきりと、善へと移行するというのが、本来の意味。
だが、姿勢や態度……方向性などを、簡単に急変させてしまう事を、否定的に評価する誤用の意味合いの方が、広まってしまっている。
今回は誤用の方の、否定的な意味合いの方で、「君子は豹変す」という諺を使っているのだと、才蔵は言っているのである。
「――銀の星教団も、豹変してもおかしくはない頃合だ。学校の周囲を完全に固めて、決して不審者を見逃すなよ!」
才蔵の命令を聞いた、車内にいた部下達は、命令通りに警備を固める為に、中学校の周囲に散って行った。
凪澤中学校周囲の、他の場所に停車している、警備隊の車に乗っていた部下達も、同様に中学校の周囲に散らばり、警備を開始する。
敷地内に入れない以上、中学校の周囲の警備を固め、監視を続ける以外に、彼等には出来る事が無いのだ。
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