028 大人に近付いてるからなんだよ、多分……
「私も魔法……使えたらいいのに」
ぼそりと呟いた凛宮に、一刀斎は問いかける。
「魔力検査、受けてみたら? ひょっとしたら、魔法が使えるレベルの魔力、持ってるかもしれないぜ」
「私は無理よ、父さんも母さんも、魔力レベルEだから」
凛宮は、少し残念そうな顔をする。
鬼宮一族と血の繋がりは無いのだが、佐織を通して姻戚関係にはある為、一応は凛宮の一族である御法川一族も、優先的魔力検査対象となり、凛宮の両親も魔力検査を受けていたのだ。
「イチは魔法が使えるレベルの魔力、持ってるんだろうね。鬼宮一族の上、レベルSの惣左衛門叔父様の血を、一番濃く受け継いでるんだから」
「母さんみたいな事、言うなよ」
心の底から嫌そうな顔で、一刀斎は続ける。
「俺は別に魔法少女になんて、なりたくないんだから」
「魔法少女になりたいなんて、男のイチが思わないのは、分ってるよ。でも……魔法が使えたらいいなとか、使ってみたい……みたいに、思った事は無いの?」
「伊織がトラックに轢かれて、死にそうになった時は、魔法で伊織を助けられたらいいなって思ったよ。結局、親父が魔法で伊織を助けたけどな」
「他には?」
「他に……ねえ……」
問いに対する答えを考えながら、一刀斎は空を見上げる。
雲一つ無い澄み切った青空が、一刀斎の視界に広がる。
一刀斎の頭の中に、青空を飛び回る、惣左衛門のイメージが浮かぶ。
青空に溶け込む青い鳥の様に、自由に空を舞い踊る、惣左衛門の姿が。
「――空を飛べるのは、いいよな」
そう呟いた一刀斎の頭に、一年半程前の記憶が蘇る。
惣左衛門が、魔法少女になったばかりの頃の記憶が。
まだ小学生だった一刀斎は、伊織や凛宮と共に、空を飛んでみたいと、惣左衛門にねだった事が、何度もあった。
そんな時、惣左衛門は一刀斎達を抱き抱えたり、背中に乗せたりして、空の散歩に連れて行ってくれたものだった。
空を飛んだ時、これまで自分が過ごしていた世界が、豆粒の様に小さく……遠くなり、自分の世界が急激に拡大する様な感覚を覚えたのを、一刀斎は思い出す。
ただ、空を駆け回る事が楽しかっただけでなく、世界を捉える自分の認識自体が、変わってしまった様な感覚がした事を。
(あの頃は、親父が魔法少女になったの、別に嫌じゃ無かったんだよな……)
以前は、惣左衛門が魔法少女である事が、嫌という程では無かったのを、一刀斎は思い出し、不思議な気分になる。
「大人に近付いてるからなんだよ、多分……」
自分に言い聞かせるように、一刀斎は呟く。
惣左衛門が魔法少女である事に、一刀斎が恥ずかしさと反発を感じ始めたのは、小学生の終わり頃から、中学生になり始めた頃だった。
同じ頃、それまでは気にならなかった様々な事が、色々と気になり姑めたのだ。
女の子の事を、妙に意識するようになったり、髪型や服装など、外見を気にし始めたり……。
そのまま、取り留めの無い事を考えたり、凛宮と話している間に、一刀斎は中学の校門前に辿り着いた。
一刀斎と凛宮が通っている、凪澤中学校に。
「よぉ! お前の変態女装親父、大活躍じゃねえか! テレビ見たぞ!」
突然、一刀斎は声をかけられる。
煽るような口調で声をかけて来たのは、校門の近くにたむろっていた、学生服の夏服を着崩した、見るからに不良っぽい少年の中の一人である。
「風太郎か……」
一刀斎は少し呆れた様に、少年の名を口にした。
少年の名は旋風太郎、一刀斎のクラスメートなのだ。
身体が大きくて腕力が強く、小学校時代からガキ大将的な存在だった風太郎でも、喧嘩の強さでは、幼い頃から武術を叩き込まれている一刀斎に、太刀打ちが出来ない。
それが気に食わないのか、一刀斎とは折り合いが悪く、風太郎は一刀斎に、挑発的な態度を取る場合が多い。
惣左衛門が魔法少女になってから、風太郎は一刀斎を、「変態女装親父の息子」扱いし、からかい続けている。
基本的に、一刀斎を惣左衛門の事で、表立ってからかったり、色々と言ってきたりするのは、風太郎と風太郎の仲間が殆どなのである。
「お前、変態女装現父にそっくりだもんな。その内、お前も女装し始めるんじゃないか? 変態は、遺伝するって言う……ぐぇ!」
突如、風太郎が呻き声を上げる。
十メートル程、離れた場所にいた一刀斎が、一瞬で風太郎との間合いを詰め、風太郎の腹部に肘鉄砲を食らわせたのだ。
超高速で突進して、相手に強烈な肘打ちを叩き込む、鬼伝無縛流の技、隼打ちである。
「誰が変態女装親父の息子で、変態が遺伝して、女装し始めるんだって?」
隼打ちを食らった風太郎は、何か言い返そうと口を動かすが、声は出ず、そのまま腹を押さえて崩れ落ちてしまう。
「俺の親父が女の格好してまで、魔法主義革命家連中と戦ってるから、お前みたいな馬鹿なガキが、気楽に生活出来てるんだろ! 少しは感謝しやがれ!」
一刀斎は、地面に伏せている風太郎の背中を踏みにじりながら、吐き捨てる様に言い放つ。
「イチ、いくら風太郎から絡んで来たとはいえ、踏みにじるのはオーバーキルなんじゃないかな?」
凛宮に窘められた一刀斎は、風太郎を踏みにじるのを止めると、凛宮と共に校舎に向かって歩き始める。
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