027 信じようが信じまいが、私の勝手でしょ! 魔法が本当にあったんだから、占いだって、本当かも知れないじゃない!
「イチ、おはよう!」
翌朝、家の玄関を出た直後、一刀斎は後ろから声をかけられた。
声をかけたのは、凛宮である。
凛宮は小走りで一刀斎に追い付き、並んで歩き始める。
身長百五十五センチの一刀斎よりも、凛宮の方が少しだけ背が高い。
「おはよう」
一刀斎は、素っ気無い返事をする。隣人同士で幼馴染みの二人は、一緒に通学する事が多い。
待ち合わせている訳では無く、凛宮の方が、一刀斎が家を出るタイミングに合わせたり、一刀斎を出迎えたりしているのだ。
「今日も暑いよね、もうすぐ十月なのに」
「天気予報で、真夏日になるって言ってたぜ。俺は夏が好きだから、嬉しい位だけど」
「秋に生まれた男の子は、夏が嫌いな筈なんだけど、イチは夏が好きなんだよね……変なの」
「誰だよ、秋に生まれた男の子は、夏が嫌いだなんて珍説を、まき散らしてるのは?」
「アスタロト梓真子」
「そいつ……誰?」
「占いの先生。今月の『マイ・フオーチュン』のコラムに、書いてあったの」
凛宮は占い好きで、「マイ・フオーチュン」という少女向けの占い雑誌を愛読している。
アスタロト梓真子というのは、その雑誌にコラムや占いを連載している、人気占い師である。
「占いなんか信じるなよ、非科学的なんだから」
「信じようが信じまいが、私の勝手でしょ! 魔法が本当にあったんだから、占いだって、本当かも知れないじゃない!」
「本当も何も……俺が夏が好きって時点で、その占い師、外れてるじゃんか」
「――今回は、きっと調子が悪かったのよ。いつもは当ってるんだから」
口惜しそうに、凛宮は呟く。
「アスタロト梓真子か……変な名前。占い師って、変な名前の人が多いけど、変な名前を名乗らなきゃいけないって決まりでも、あるのかな?」
「変な名前じゃなくて、神秘的な名前なんだけど……そもそも名前が変って言えば、イチの名前だって変じゃない。一刀斎なんて、昔の武士みたい」
一刀斎の顔を横目で見ながら、凛宮は言葉を続ける。
「女の子みたいな顔してるイチには、似合ってないよ」
「鬼宮一族には、有名な武人の名前か……花の名前を、子供に名付ける仕来たりがあるからね。俺の名前も、有名な武術家の名前なんだって」
一刀斎の名前の元になったのは、一刀流という剣術の開祖で、「剣聖」と呼ばれた剣の達人、伊藤一刀斎なのだ。
「イチの場合、花の名前の方が、似合ってたと思うな……。惣左衛門叔父様も」
惣左衛門の名前の元になったのは、宮本武蔵を開祖とする二天一流相伝者の、古橋惣左衛門良政である。
ちなみに、伊織の名前も宮本武蔵の養子、宮本伊織が元になっているので、惣左衛門の家族の半分は、宮本武蔵の関係者から名付けられた事になる。
「叔父様って言えば、昨日のニュースの記者会見の時、何時もと違ってジャージ着てたね」
「ジャージを作る創造魔法が解析されたから、登録してみたんだってさ」
「あれ、魔法で作ったジャージだったんだ。まだ正式には、発表されてないよね、ジャージ作る魔法って」
驚いた風に呟いた後、凛宮は少し考え込んでから、一刀斎に問いかける。
「――そのジャージ作る魔法の呪文、叔父様はイチの為に、登録してくれたんじゃないのかな?」
「俺の為って……どういう意味?」
一刀斎は驚き、訊き返す。
「叔父様が、フォーマルスタイルでテレビに映ったりするの、イチが嫌がるじゃない。だから、記者会見とかの場に出る時、女の子っぽくないジャージ姿に、すぐに着替えられる様にする為に、ジャージを作る魔法、登録したんだと思うよ」
凛宮の言葉を聞いて、その可能性に気付くが、一刀斎は小首を傾げる。
「親父が俺に、そんな気を使うとは、思えないんだけど」
「そうかな? 叔父様はロには出さなくても、ちゃんと気にしてると思うよ、イチの事……」
(そうだとしたら、ちょっと言い過ぎたかもしれないな)
一刀斎は昨晩、惣左衛門と口論してしまった事を、少し反省する。
「それにしても、最近……色々な魔法の解析が進んでるよね」
凛宮の言う通り、色々な魔法が解析されたというニュースが、頻繁にマスメディアを賑わしている。
世界各国において、魔法主義革命に対処する組織は、魔法書を掻き集めて研究し、新たなる魔法の呪文の解析を進めている。
魔法戦闘に使用されるだろう魔法に関しては、新たに解析されても、規格外犯罪対策局に相当する、各国政府機関の間で共有されるだけで、基本的には実戦で魔法少女が使用するまで、存在が公表される事は無い。
ただし、戦闘に使用されそうにない、新たに解析された魔法に関しては、割とすぐに公表される事になっている。
「この前公表された、『あらゆる料理を完璧に作れるようになる能力魔法』とか、使えたら楽しそうだな……」
実在する料理であれば、何の修業もレシピも無しに、完璧に作り上げてしまう能力を得られる魔法が、つい最近公表されたばかりなのだ。
凛宮は料理下手であり、家庭科の料理の授業では、他所のクラスでまで話題になる程、壊滅的に不味い料理を、毎度の様に作ってしまう。
そんな凛宮にとって、「あらゆる料理を完璧に作れるようになる能力魔法」は、憧れの魔法となったのである。