024 いっちゃんは、その頃の惣ちゃんに瓜二つなんだから、いっちゃんが魔法少女になったら、魔法少女の惣ちゃんと、そっくりな感じになる筈なんだけど
「――まぁ、でも本音を言えば……いっちゃんの魔法少女姿を、見てみたい気はするのよね」
本音とは言いつつも、冗談染みた口調で、佐織は言い足す。
「いっちゃんだったら惣ちゃんと同じで、強いだけじゃなくて、可愛い魔法少女になれると思うから」
魔法少女の外見は、マジックオーナメントの装着者の、十代の頃の姿がベースとなる。
装着者が女性の場合は、十代の頃の姿と大差無い姿の、魔法少女となる訳だ。
男性の場合は、少年時代の面影は残るが、その上で十代の少女として、顔も身体もアレンジされる。
本人の知り合いでなければ、元々が男性だと分からない程度に。
不思議な事に、魔法少女となる者達は、男女共に見た目に関しては、皆恵まれている。
だが、その中でも惣左衛門のビジュアルの高さは、群を抜いている。
鬼宮一族には、女顔の男が多いのだが、中でも惣左衛門は、突出している存在といえた。
「今のいっちゃん、中学生の頃の惣ちゃんに、そっくりなの」
「そりゃあ……親子なんだから、似てるの当り前だろ」
一刀斎は佐織の言葉に、不貞腐れた風に言葉を返す。
惣左衛門との関係が、良好とは言えない現状、そっくりと言われても、一刀斎としては嬉しくは無いのだ。
「惣ちゃんは中学生の頃、文化祭の女装コンテストで優勝したのよね。悔しいけど、私より可愛かったんだから、女装した惣ちゃん」
佐織は懐かしげに、昔を思い出す様な遠い目をする。
幼い頃から人生の殆どを、惣左衛門と共に過ごして来た佐織は、惣左衛門と同じ中学校に通っていたのだ。
ちなみに、惣左衛門を女装コンテストに参加させたのは、佐織であった。
佐織は子供時代に好きになった漫画の影響で、可愛い男の子が女装するのが大好きという、割と変わった趣味の持ち主なのである。
「いっちゃんは、その頃の惣ちゃんに瓜二つなんだから、いっちゃんが魔法少女になったら、魔法少女の惣ちゃんと、そっくりな感じになる筈なんだけど」
「親父が魔法少女になってるのが嫌なんだから、その嫌なのとそっくりな感じに、なりたい訳ないじゃん!」
そう言い放った一刀斎に、キャベツにドレッシングをかけながら、伊織が問いかける。
「パパが魔法少女だったお陰で、この間の事故の時、私の命が助かったって事、アニキだって分かってるよね?」
「それは……」
伊織に事故の話題を持ち出され、一刀斎は口篭る。
この間の事故とは、伊織が車に轢かれた事故の事である。
半年前、伊織は学校からの帰りに、過積載でコントロールを失ったトラックに轢かれてしまった。
何とか即死は免れたのだが、瀕死の重傷を負った状態で、伊織は救急病院へと搬送された。
伊織の容態は悪く、担ぎ込まれた病院の医者達も、既に手を施しようが無い状態だった。
人工心肺によって、何とか命を繋いではいたのだが、伊織の命が風前の灯火であるのは、誰の目にも明らかだった。
そんな時、惣左衛門は空を飛んで、病院に駆け付けたのである。
死にかけた伊織を、見守り続ける事しか出来なかった一刀斎達の目の前に、楓爽と現れた惣左衛門は、即座に魔法による治癒を始めたのだ。
「ノウビリティ! 我がセフィルよ、癒しの力の源となれ!」
能力魔法の起動コマンドを宣言した惣左衛門は、癒しの力……他者や自分の怪我や病気を、魔法で治癒する能力を指定した。
程なく、セフィルが照射された能力魔法陣が、小さな十字の紋章となり、惣左衛門の胸に記された。
癒しの魔法と呼ばれる、治癒能力を得られる魔法を、惣左衛門は使ったのである。
「我が娘を癒せ!」
惣左衛門が命ずると、眩いばかりの金色の光を、胸に記された十字が放ち始める。
金色の光……癒しのセフィルが、傷付いた伊織の身体に照射され、身体を包み込む。
癒しのセフィルによって、伊織の身体の損傷部分は、驚く様な速さで修復された。
損傷した肉が盛り上がり傷を塞ぎ、破壊された臓器が再生され、身体中の砕かれた骨が、元通りに繋がったのである。
損傷の修復が終わると、血の気を失っていた伊織の肌の色が赤味を増し、健康な色を取り戻し始めた。
癒しのセフィルは、身体の損傷を修復するだけでなく、体力を回復させる事も出来たのだ。
惣左衛門の魔法による治癒は、十分間程続いた。
治癒を終え、金色の光が消えた時には。伊織の身体は、完全に元通りになっていたのである。
傷や病を治癒する能力を得る魔法……癒しの魔法は、大量の魔力を消費する。
死に瀕した人間を救う程の、癒しの魔法を使う様な無茶をすれば、惣左衛門程の魔力の持ち主であっても、魔力は殆ど使い切ってしまう羽目になる。
消耗した惣左衛門は、伊織のベッドの脇の椅子に座り、身体と心を休めなければならなくなった。
暫くして、意識を取り戻した伊織は、無傷の自分の身体と、ベッドの脇の椅子に座っている、疲れ果てた顔の惣左衛門を目にした。
トラックに轢かれた後、出血多量で意識を失うまで、僅かな時間があったので、伊織は自分が致命傷を負っただろう事を、自覚していた。
致命傷を負った筈の自分の身体が、元通りになっていて、その傍らで惣左衛門が、疲れ果てた身体を休めているのを見れば、自分の身に何が起こったのか、伊織には分かった。
その後、伊織は惣左衛門に抱きついて、数分の間泣き続けたのだ……感謝の言葉を口にしながら。
この時の経験がある為か、伊織は一刀斎と違い、惣左衛門が魔法少女である事に対し、完全に肯定的なのだ。
「確かに、あの時は助かったけど……」
事故の時の話を持ち出されると、一刀斎も何も言えなくなってしまう。
伊織が助かった時には、惣左衛門が魔法少女となっていた事に、一刀斎も素直に感謝したのだから。
「――とにかく、俺は魔法少女になんかならないし、親父にも早く辞めて欲しいって、思ってるからな」
そう呟いた後、一刀斎は黙って夕食を食べ続けた。割り切れない何かを感じたまま……。
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