023 ――だが、お前が魔法少女になるのは、悪い事では無いとも思う
「成る程……。佐織の言う通り、お前は俺の才能を受け継いでいるんだから、優秀な魔法少女になれる可能性が、かなり高いのかもしれない」
惣左衛門は豚カツを一切れ口にして、飲み込んでから言葉を続ける。
「お前が俺の後を継いでくれるのなら、俺も安心して引退出来るのかもしれないな……というのは、冗談だ。仮に魔力が同等だとしても、武術の実力に大差があるのだから、俺の後を継ぐのなんて、お前には無理だよ」
一刀斎は、渋い表情を浮かべる。
別に魔法少女としての惣左衛門の後など、一刀斎は継ぎたくはないのだが、武術の実力不足で後を継ぐのは無理だと言われるのは、それはそれで良い気分はしないのだ。
「――だが、お前が魔法少女になるのは、悪い事では無いとも思う」
惣左衛門の言葉を聞いて、一刀斎は問いかける。
「何でだよ?」
「魔法少女となれば、試合とは違う本当の戦いの経験を、積む事が出来るからだ」
「本当の戦いの経験って……実戦経験の事?」
一刀斎の問いに、惣左衛門は頷く。
「武術のみの戦いと、戦い方に違いはあるが、魔法少女としての実戦経験は、武術の道を歩む者にとって、確実に素晴らしい経験となる」
惣左衛門の言葉は、本音であった。
魔法少女としての戦い方は、武術のみの戦い方とは、違う部分も多いのだが、格闘技大会などの試合よりも、遙かに武術家として多くのものを得られたと、惣左衛門は感じていた。
事実、惣左衛門は武術のみで戦ったとしても、魔法少女になる前より今の方が、遙かに強い。
数多く積み重ねた実戦の経験は、惣左衛門の見切りや読みの力、戦いに対する柔軟性を、以前より遙かに高めた。
しかも、魔法使い相手の戦いで、鬼伝流の様々な技や戦い方を試し、惣左衛門は密かに、鬼伝流自体の改良を進めていた。
その結果、惣左衛門は鬼伝流の武術ですら、不可能だと思われていた事を、可能にし得る方法を、見出しつつあったりもしたのだ。
魔法少女としても、惣左衛門は最初から異常に強かったのだが、その頃よりも今の方が、遙かに強い。
使える魔法の数を増やし、纏魔と鬼伝無縛流の武術を組み合わせた戦闘法を、繰り返される実戦を通して鍛え上げ、惣左衛門は強くなり続けて来たのである。
魔法少女や魔法使いの戦闘能力を、分析して数値化した、魔法戦闘能力値(MCAV……Magic Combat Abiliity Valueの略)という指標が存在するのだが、惣左衛門の場合……初期の数値は六百。
これは魔法少女の中でも異常に高く、大魔法使いに匹敵する数値となるのだが、大魔法使いの中でも抜きん出た存在といえた、当時のクロウリーの推定値は九百(魔法使いの方は、検査機器により正確なデータが取り難いので、推定値となる)。
つまり、初期段階では惣左衛門より、クロウリーの方が強かった可能性が高いのだ。
しかし、積み重ねられる実戦経験を通じて、惣左衛門の魔法戦闘能力値は急激に上昇。
銀の星教団と本格的にぶつかり始めた頃、既に惣左衛門の魔法戦闘能力値は、クロウリーと並ぶ九百台に達していた。
クロウリーと並んだとはいえ、魔法戦闘能力値が三百前後である、四天王やカリプソなどの上級幹部を抱える銀の星教団は、惣左衛門にとっては、仲間の魔法少女達と共闘し、何とか五分に戦える強敵だった。
だが、クロウリーと並んでも、惣左衛門の急激な進歩は止まらなかった。
銀の星教団との激闘を通じて、惣左衛門は更に強くなり続け、魔法戦闘能力値は前人未到の四桁に到達。
千五百を越えた頃には、四天王の内の三人を倒し、銀の星教団を完全に劣勢に追い込んでしまった。
クロウリーなどの銀の星教団側の魔法使い達も、惣左衛門などの魔法少女相手の実戦を通じ、成長を続けてはいたのだ。
クロウリーの魔法戦闘能力値は、惣左衛門に遅れはしたが、四桁に達したし、四天王やカリプソの場合は、五百前後に達したと推定された。
特にカリプソの成長は著しく、クロウリーに限りなく近い、四桁の数値を付けるべきだと主張する分析官もいた程であった(カリプソには明確な欠点も存在する為、最終的には四天王と同等の数値と判断された)。
だが、銀の星教団側の魔法使い達の成長は、惣左衛門の異常な成長ペースに、追い着く事は出来なかった。
惣左衛門はルドラを弱くなったと評したが、現実にはルドラの魔法戦闘能力値は上昇し続けていた。
ただ、惣左衛門が強くなるペースが異常であり、ルドラとの強さの差が大きく開いてしまったので、惣左衛門の感覚では、ルドラが弱くなったと感じられてしまうのだ。
そして、銀の星教団を壊滅寸前にまで追い込んだ、惣左衛門の最新の魔法戦闘能力は、千八百に達していた。
つまり、魔法戦闘能力値は一年半で、初期段階の三倍に達したのである。
実戦という本当の戦いの繰り返しこそが、飛躍的に戦う力を高める事を、魔法少女として過ごした結果、惣左衛門は思い知ったのだ。
そして、魔法少女として繰り返した実戦から、様々なフィードバックを受けた上で、自分の戦い方を改良し、進化させる経験自体が、武術のみの戦い方に影響を与え、より強くする事も、惣左衛門は自らの経験として知っていた。
故に、武術家としての惣左衛門からすれば、後進の一刀斎が、魔法少女としての実戦経験を積むのは、良い経験になるだろうと考えているのだ。
「魔法少女としての戦いを経験出来た事は、武術家としての俺にとっては、素晴らしい経験だと思っている。だから、お前が経験するのも、悪い事では無いとも思える訳さ」
武術家としての本音を口にした上で、惣左衛門は父親としての本音を、短く付け加える。
「もっとも、魔法少女には命の危険もあるのだから、悪くは無いと思いつつも、親としては勧めるどころか、むしろ止めたい程だが」
惣左衛門の、偽らざる本音である。
一刀斎の武術の実力を、大きく飛躍させる可能性があるとはいえ、息子である一刀斎を、命の危険もある魔法少女にしたくないというのも、惣左衛門の本音なのだ。
「――そう言えば、魔法少女には命の危険があったんだ。惣ちゃんが魔法少女になってからは、魔法少女側に死者が出てないから、つい忘れちゃってたよ」
気まずそうな口調で、佐織は続ける。
「母親としても、いっちゃんに魔法少女になるのを勧める訳にはいかないか。ごめんね、『魔力検査受けてみたら?』なんて、気楽に言っちゃって」
「いや、別に謝らなくても良いけどさ……」
謝られる程の事でも無い気がしたので、一刀斎は微妙な表情を浮かべる。
「何かの間違いで、俺が魔法少女になんかなったら、変態女装親父の息子扱いが終わっても、今度は俺自身が、変態女装野郎扱いされるようになるだけなんだから、母さんが何を言おうが、中学生の間は魔力検査なんて、絶対に受ける気ないんだし」
中学を卒業すれば、鬼宮一族である以上、すぐにでも魔力検査の対象となる事は、一刀斎にも分かっている。
でも、義務が課せられる前に、自ら魔力検査を受ける気も、魔法少女になる気も、一刀斎には無いのだ。
出来れば惣左衛門の魔力の才能を、自分が受け継いでおらず、レベルC以下の魔力であって欲しいと、心の底から一刀斎は思ってもいた。
レベルC以下であれば、魔法少女にはならずに済むので。