020 まあ、確かに女の身体同士というのも、悪いものでは無いがな……
「パパは魔法少女の中で、一番綺麗だし、一番強いんだもん、人気があるのは当たり前だよね」
そう言うと、伊織は佐織と顔を見合わせ、嬉しそうに微笑み合う。
一刀斎とは違い、惣左衛門が魔法少女でいる事に、伊織と佐織は肯定的なのだ。
そんな母と妹の姿見て、深く溜息を吐いた後、一刀斎は豚カツを一切れ、口の中に放り込む。
豚カツを咀嚼する一刀斎の表情は、豚カツではなく、苦虫でも噛み潰しているかの様だ。
豚カツを飲み込んだ後、一刀斎は吐き捨てる様な口調で、惣左衛門に問いかける。
「――親父は何時まで、魔法少女なんか、続けるつもりなんだよ?」
「日本に存在する魔法主義革命家団体の勢力を、現状の七割程度に削ぎ落とすまで、続けるつもりだ。そうすれば、連中が勢力を盛り返す可能性を、問題にならない程度まで引き下げる事が出来るから、俺が魔法少女を辞めても、皆が安心して、暮らせる様になるだろうし……」
当たり前だと言わんばかりの口調で、惣左衛門は答え続ける。
「それに、まだ銀の星教団の残滅も、終わって無い。最低でも奴等を片付けてからでないと、魔法少女を辞めようにも、辞められんよ。奴等を壊滅させるのは、俺がやり遂げなくてはならない仕事なんだ。仕事を途中で投げ出す訳には、行かないだろうが」
「親父は、もう十分過ぎる位に、魔法主義革命家連中を片付けたじゃないか! もう魔法主義革命家連中の事は、他の魔法少女連中に任せてもいいだろ?」
口から溢れ出る、一刀斎の文句は止まらない。
「いい加減、他人の事より、家族の事を考えてくれっての! はっきり言って迷惑なんだよ、親父が魔法少女やってる事は!」
「佐織、そうなのか?」
惣左衛門は、右斜前の佐織に尋ねた。
「別に、迷惑という程の事は無いわね」
佐織は、即答する。
「武術コンサルタントやってた時より、収入は多いくらいだし、格闘家やってた頃よりは、安定してるし」
惣左衛門は、親から引き継いだ道場を運営しているのだが、鬼伝流の武術は、普通の人間には習得が困難なので、弟子の数は少なく、商売にはならない。
故に、格闘家や武術コンサルタント業が、以前の本業であった。
武術コンサルタント業は、警察や警備会社などと契約し、警察官や警備員に、護身術や捕縛術としての武術を指導する仕事だ。
指導するのは、習得が困難な鬼伝流の武術ではなく、惣左衛門が一般的な武術を組み合わせてアレンジした、百式という創作武術である。
百の動きを覚えれば、大抵の事態に対応出来るという事から命名された、安易な名を持つ百式なのだが、実戦的かつ習得が容易なので顧客は多く、稼ぎは悪くは無かった。
それでも、魔法少女としての稼ぎに比べれば、三分の一程度でしかない。
武術コンサルタント業の前は、格闘技の大会などに出て稼ぐ、格闘家として働いていた時期もあった。
その頃の稼ぎは、魔法少女となった今を、上回る時期もあったのだ。
しかし、強すぎて勝つのが当たり前の状況になってしまい、マッチメークが難しくなり、収入は著しく不安定であった。
結局、強過ぎるが故に、惣左衛門は現役の格闘家を、引退せざるを得なかったのである。
「まあ、惣ちゃんが有名になり過ぎたせいで、女性週刊誌のゴシップ記事になったりするのは、良い気分じゃないけど……」
魔法少女は人々の注目を集め、興味を引く存在であり、マスメディアにとって、芸能人やスポーツ選手以上のニュースネタとなっている。
有名になった者の宿命として、有名税としてのゴシップの数々も、マスメディアを賑わしていたりもする。
「そう言えば、昨日もスポーツ新聞に載ってたな。俺が魔法少女になってから、夫婦生活を女の身体同士でする事になったせいで、佐織がレズピアン趣味に目覚めたとかいう、阿呆みたいな記事が」
惣左衛門が、夫婦生活絡みのゴシップ記事について、平然と話し始めた事に驚き、一刀斎と伊織は、口の中の物を吹き出した。
「まあ、確かに女の身体同士というのも、悪いものでは無いがな……」
「惣ちゃん! 思春期の子供の前で、夫婦生活の事なんか喋っちゃ駄目じゃない!」
佐織は顔を赤くして、惣左衛門を嗜める。
「そうだ、トラウマになるだろうが!」
一刀斎は、赤面しながら抗議し、伊繊も恥ずかしそうに、一刀斎の言葉に領く。
「――とにかく、惣ちゃんが魔法少女になった事、別に迷惑とまでは思って無いよ。考えてみれば格闘家だった時も、惣ちゃんは今程じゃないけど、ゴシップ記事のネタになってたしね……」
佐織の言葉を聞いて、惣左衛門は安堵した様に領く。
「伊織は、どうなんだ?」
「私も……別に迷惑じゃないよ。最初の頃は、警備隊の人達に警備されるの、監視されてるみたいで嫌だったけど」
シュタイナー協定があっても、魔法少女の家族を対象としたテロが、皆無という訳では無い。
それ故、魔法主義革命家団体のテロ活動から、魔法少女の家族を護る為に、規格外犯罪対策特別委員会の方から、警備隊員が派遣されているのだ。
家の周囲の警備を固めるのは当然、家族の人間が外出する際も安全を守る為に、警備隊の隊員達が、常に警備する制度になっている。
無論、警備される家族のプライバシーや私生活を、過度に侵害しない為に、外出時の警備は、常に一定の距離をとった上で行われたりと、様々な配慮が為されている。
一刀斎が凛宮の買い物に付き合っていた時も、警備隊の者達が数名、客の中に紛れ込む形で、警備していたのだ。
「母さんや伊繊は良くても、俺は迷惑なんだよ!」
激しい口調で、一刀斎は抗議する。
「父親が女の子みたいな格好で、町の中を歩き回ったり、空を飛び回ったり、テレビとかに出まくったりしたら、息子の俺が学校とかで、からかわれるに決まってるだろ! 変態女装親父の息子って言われてるんだよ、俺は!」
「――だったら、その変態女装親父がいるお陰で、お前達が平和に暮らせるんだと、言ってやればいいんだ」
惣左衛門は、涼しい顔で言い返す。
「魔法少女がいない国が、どんな状態になっているか位の事、誰だって知っている筈だからな」