002 それでは、この国を支配する者共を、魔法主義者に転向させる事にしようか……
作戦開始から十分後、クロウリーの元に届いたルドラからの連絡や、各種のメディアを通した報道によって、主要な魔法少女達が全員、グローバルスタジオジャパンにおける、テロの鎮圧戦闘に参戦している事も、確認された。
クロウリーの目論見通り、魔法少女達は陽動作戦に引っ掛かったのである。
魔法少女達がグローバルスタジオジャパンで戦っている間なら、国会議事堂を襲撃しても、クロウリー達が魔法少女達に妨害される可能性は低い。
囮となった主力部隊は、殲滅される可能性が高いが、ある程度の時間、魔法少女達が国会議事堂に向かえないように、足留めしてくれる筈だというのが、クロウリーの算段であった。
囮部隊が足留めしている間に、作戦の第二段階……国会議事堂の占拠を、遂行しなくてはならない。
クロウリー達は午前十一時一分に、国会議事堂を電撃的に襲撃し、たったの十分間で、国会議事堂全体の占拠に成功した。
無論、襲撃の初期段階において、有線無線を問わず、外部との通信手段を完全に遮断したので、国会議事堂襲撃の情報は、まだ外部には漏れていない筈だった。
更に、クロウリー達は占拠が完了してから、ほんの十分程度の間に、全閣僚を含む、殆どの国会議員達の身柄を、拘束する事にも成功したのだ。
勝利を確信し、クロウリーが叫んだのは、その少し後である。
あとは国会議員達と閣僚達を、ケマの書によって洗脳し、魔法主義者に教化するだけでいい。
クロウリーは早速、洗脳作業に入る事にした。
「それでは、この国を支配する者共を、魔法主義者に転向させる事にしようか……」
古びた黒い辞書の様な見た目のケマの書を、懐から取り出したクロウリーは、演壇の後ろにある議長席から見て、右側に並んでいる大臣席に向かい、歩き始める。
演壇を下りたクロウリーは、大臣席の一番手前……総理大臣席の前で立ち止まる。
総理大臣席には、ブラウンのスーツに身を包んだ御神楽有紀総理大臣が、手足を拘束された状態で、縛り付けられていた。
日本初の女性総理である御神楽総理の、五十を超えているとは思えない程に、若々しいと評される顔は、恐怖で歪んでいるせいだろう、普段より十歳以上、老けている様に見える。
「――まずは総理、貴様からだ」
クロウリーは見下ろしながら、有紀の額にケマの書を近付ける。
ケマの書に触れさせるだけで、総理大臣である有紀は洗脳され、魔法主義者に教化されてしまうのだ。
だが、ケマの書が、有紀に触れる事は無かった。
触れる直前、真上の方……天井で大爆発が起こり、その衝撃のせいでクロウリーはバランスを崩し、その場で転倒してしまった為、ケマの書は有紀ではなく、床に触れてしまったのである。
「何事だ?」
即座に体勢を立て直しつつ、クロウリーは大声で周囲に問いかける……が、誰も事態を把握していないのか、答は返って来ない。
衆議院本会議場中に緊張が走り、空気が張り詰める。
「総員、戦闘準備!」
クロウリーは何時でも戦闘に入れるように、部下達に命令を下した。
危機の到来を察したクロウリーは、政治家達の洗脳よりも、敵の襲来に備える方を優先すべきだと、判断したのだ。
中級や下級の魔法使いである戦閣員達は、クロウリーの命令に従い、戦闘準備を整えて身構える。
戦闘員達の手には、己の魔力を増幅させる為に所持している、量産型の杖型マジックブースターが握られている。
使える魔法の種類も少なく、魔力も低い下級魔法使いであっても、この杖型のマジックブースターを装備して魔法を使えば、相当な能力を発揮する事が出来る。
中級の魔法使いともなれば、マジックブースターの力を借りれば、レベルが余り高く無い魔法少女となら、一人で互角に戦う事すら可能となる。
「まさか……奴が来たのか?」
嫌な予感に襲われ、クロウリーの背筋が震える。
クロウリーの言う「奴」とは、銀の星教団最大の敵にして、クロウリーの宿敵でもある、世界最強の魔法少女の事だった。
爆発は天井の一部に、大穴を開けていた。
崩れ落ちて来た天井の破片は、大量の粉塵を舞い上げ、火事で煙でも発生したかの様に、衆議院本会議場の中にいる人間達の視界を、灰色に染める。
これでは何がどうなっているのか、誰にも分からない。
クロウリーは取り敢えず、煙の様に視界を遮る邪魔な粉塵を、風の魔法で吹き飛ばす事にした。
クロウリーは、風の魔法の呪文を唱える。
下級魔法使いなら十秒はかかる呪文の詠唱を、クロウリーは一秒程度で終わらせる。
上級以上の魔法使いは、呪文の超高速詠唱法をマスターしているので、呪文の詠唱時間が短いのだ。
呪文を唱え終わると、クロウリーに二つの変化が起る。
一つ目の変化は、金色の光を放つ、ビー玉程の大きさの光球が、胸元に出現した事で、二つ日の変化は、相撲の土俵程の大きさの、奇妙な紋様と文字に満たされた星形のマークが、足下に出現した事である。
金色の光球は、セフィルと呼ばれる、高次エネルギーの塊だ。
魔法使いが呪文を唱え終わると、魔法使いの精神エネルギー……魔力が、魔法を実行するのに必要な量のセフィルに変換され、大抵は胸元に出現する。
セフィルとは、この世界に存在する物体や現象に対し、完全に優越する高次エネルギーである。
魔法はセフィルを消費する事により、この世界の現象に優越する現象を発生させたり、この世界の物体に優越する物体を造り出したり、人間に特殊な能力を与えたりする事が出来るのだ。
セフィルが足りないと魔法は発動しないので、魔力が足りず、必要なセフィルが用意出来ない場合、魔法使いは魔法を使う事が出来ない。
特定の現象を引き起こす魔法……現象魔法である風の魔法は、セフィルに風という現象を引き起こす属性を与え、風のセフィルにする事によって発動し、実行される。
要するに、風のセフィルとは、魔法で作られた風なのだ。
そして、只のセフィルに属性を与えるのが、魔法陣である。
現象魔法で使用される魔法陣は星形であり、現象魔法陣と呼ばれている。