表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/124

017 そうだ! 妹は大切にしろ! 兄には妹を可愛がり、甘やかす義務があるんだぞ!

 一刀斎が家に辿り着いたのは、午後七時の手前だった。

 普段は、所属する映像文化研究部の活動を終えると、すぐに帰宅するので、午後六時半前には帰宅するのだが、幼馴染みであり、母方の従妹でもある凛宮の買い物に付き合ったので、今日は帰宅時間が遅れたのだ。


「ただいまー!」


 キッチンに足を踏み入れた一刀斎の鼻を、香ばしい揚げ物の匂いが刺激する。

 匂いの元であるガスコンロの前では、青いTシャツにジーンズ、そしてデニムのエプロンという出で立ちの女性が、豚カツを揚げている。


「おかえり、いっちゃん! 遅かったじゃない?」


 夕食を準備しながら、女性は一刀斎に微笑みかける。女性……鬼宮佐織おにみやさおりは、惣左衛門の妻であり、一刀斎の母親である。

 飾り気や派手さは無いが、女性的な魅力に溢れている佐織は、息子の一刀斎の事を、いっちゃんと呼ぶのだ。


「部活の帰りに、凛宮に買い物、付き合わされたんだ」


「女の子に付き合って、帰宅時間が遅れるとは……。何時の間にか、いっちゃんも色気付いてきたのね」


「変な言い方するなよ! 凛宮とは、ただの幼馴染みなんだから!」


「それは残念! 凛宮ちゃん可愛いし、良い子だから、凛宮ちゃんが相手なら、母さんも安心なんだけどな……従姉なら結婚も出来るし」


「幼馴染みとなんか付き合いたく無いよ、気持ち悪い。姉弟みたいに育ったのに……」


 凛宮の方が、三ケ月程早く生まれた上、やや小柄な一刀斎よりも、常に背が高かった事もあり、凛宮は一刀斎にとって、お姉さん的な存在であり続けている。


「そうかな? 母さんは幼馴染みのそうちゃんと付き合って、そのまま結婚したけど、気持ち悪いだなんて、一度も思った事無いよ」


 子供の頃からの癖で、佐織は惣左衛門を友達の様に、惣ちゃんと呼ぶのだ。


「そういえば、そうだったっけ……」


 一刀斎は、自分の両親が、幼馴染みだった事を思い出した。

 家が隣同士だった事から、幼馴染みだった惣左衛門と佐織は、中学生の頃から付き合い姑め、そのまま結婚まで至った夫婦なのである。


「親父や母さんみたいなのは、珍しいんだよ。普通は嫌がるって、幼馴染みは」


「――そんなに嫌がるって事は、ひょっとしたら、他に好きな相手がいるとか?」


「いねえよ、そんなもん!」


 佐織の指摘は、図星だった。

 一刀斎は顔を赤らめながら、話題を無理矢理、夕食の事に切り替える。


「そんな事より、早く晩御飯にしようよ。腹が減った」


 既に豚カツは、揚げ終わっている。

 刻んだキャベツが盛られた皿の上に、豚カツを並べながら、佐織は答を返す。


そうちゃんが、お風呂から上がってからね」


「親父……風呂入ってんのかよ」


 げんなりとした口調で、一刀斎は続ける。


「親父が風呂上がるの待ってたら、晩御飯……何時になるか分からないじゃん!」


 佐織は、壁にかかった鳩時計を見る。

 鳩が鳴く機能が壊れたままの鳩時計の針は、午後七時を指し示そうとしていた。


「お風呂に入ったのが、六時過ぎだったから、もうすぐよ」


「親父の奴、魔法少女になってから、妙に長風呂になったよな。前は十五分も入ってなかったのに……魔法少女になってからは、一時間は入ってるぜ」


 呆れた様に、一刀斎は呟く。


「女は男と違って、お風呂で色々とやる事があるの! アニキはガキだから、分かんないと思うけど」


 キッチンの隣にある和風の居間から、からかう様な口調の少女の声が聞こえて来る。

 声の主は、何枚も重ねた座布団の上に腰掛けてテレビを見ている、白いTシャツにデニムのショートパンツという、ボーイッシュな格好の少女であり、顔は佐織に良く似ている。


 少女の背の高さや見た目の年齢は、一刀斎と殆ど変わらない。


「小六のガキが中一の俺を、ガキ扱いするんじゃねーよ、伊織!」


 一刀斎は居間に足を踏み入れると、佐織に似た少女……妹の伊織に、背後から襲い掛かる。

 そして、一刀斎は素早い動きで、伊織の頭に腕を回して締め付け、プロレス技のフェイスロックをかける。


 手足をじたばたさせながら、伊織は抗議の声を上げる。


「痛っ! 暴力はんたーい!」


「いっちゃん、妹にプロレス技なんか、かけちゃ駄目よ!」


 キッチンから居間の方を覗き込みながら、佐織は一刀斎をたしなめる。


「そうだ! 妹は大切にしろ! 兄には妹を可愛がり、甘やかす義務があるんだぞ!」


 フェイスロックをかけられながらも、伊織は威勢が良い口調で言い放つ。


「プロレス技じゃ無くて、鬼伝無縛流の技を使うのよ! その方が、いっちゃんにも伊織にも、修行になるから」


 沙織の言葉を耳にした伊織は、呆れ顔で言葉を返す。


「――ママ、注意するポイントが間違ってるよ、人の親として! 暴力は止めなきゃダメじゃない!」


「他所ならそうかもしれないけど、ウチの場合……修行の一環だからねー」


 気楽な口調で、佐織は言い放つ。


「じゃあ、母さんの言う通りフェイスロックは止めて、鬼落おにおとしに変更!」


 一刀斎はフェイスロックを解くと、伊織の正面に一瞬で回り込みつつ、右手の人差し指と親指で、伊織の鎖骨の上にある窪み……鎖骨上窩さこつじょうかを素早く突く。

 そして、そのまま右手を上にずらして、人差し指と親指で喉を挟み、頚動脈を圧迫する。


 鎖骨上窩にある、襟下桎穴きんかしつけつ襟下梏穴きんかこくけつという、二つの経穴けいけつ……いわゆるツボを、人差し指と親指で突いてから、そのまま指先をずらし、頚動脈を圧迫するのが、鬼伝無縛流の鬼落しという絞め技である。

 襟下桎穴を突けば脚の動きを、襟下梏穴を突けば腕の動きを、それぞれ僅かな間ではあるが、枷をはめたかの様に封じる事が出来るので、相手の抵抗を封じながら、片手だけで絞め落とせるのだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ