016 大変ね、お父さんが有名人だと
「ママ、まほうしょうじょのひとがいるよ!」
男の子は少年を指差しながら、驚きの声を上げる。
「おじさんというより、おにいさんみたいだけど、ちゃんとオトコのかっこうしてる……ホントにオトコのひとだったんだ!」
「え?」
母親は驚き、男の子が指差す方向を見る。
少年の姿を目にした、男の子の母親の顔が引き攣る。
男の子が指差したのは、女性週刊誌に掲載されていた写真で、母親が顔を目にした事がある少年だった。
そして、母親と男の子の会話の内容が、確実に耳に入っただろう場所に、その少年はいたのだ。
「いや……あの人は、違うのよ……」
気まずそうに男の子に声をかけながら、母親は慌てて、AVソフト売り場から家電売り場に移動すると、男の子の手を掴む。
「えー、まほうしょうじょの……オカマでヘンタイのおじさんと、おなじかおしてるのに、ちがうの?」
「だから、オカマとか変態なんて言葉、使っちゃ駄目だって言ったでしょ!」
男の子を嗜めながら、母親は申し訳無さそうに少年に頭を下げる。
そして、母親は男の子を引きずる様に、家電売り場から出て行くと、エスカレーターがある方に向かって、歩き去って行った。
頭を下げられた少年は、不愉快そうな半目で、去って行く母子を目で追う。
テレビに映った魔法少女と同じ顔だと、男の子が表現した通り、少年の顔は惣左衛門と瓜二つと言って良い程、良く似ている。
母子が姿を消したので、少年は家電売り場のテレビに、目線を移動させる。
「大変ね、お父さんが有名人だと」
少年の隣で、携帯用オーディオプレーヤーを物色していた、凪澤中学校の制服を着た少女は、笑いを堪えながら少年に話し掛ける。
男の子と母親が、少年に関する事を話し始めたのを耳にした少女は、少年や母子の方を向いて、様子を窺っていたのだ。
長めのボブヘアーの、縁無し眼鏡をかけている少女は、顔立ちは整っているのだが、地味な印象である。
「――慣れてるよ」
大画面テレビに映し出されている、惣左衛門を睨み付けながら、惣左衛門に似た少年は、不機嫌そうに言葉を返す。
夕方のニュース番組は、蒼天の二つ星作戦に関わる様々な映像を、解説者の解説付きで、流し続けていた。
国会議事堂が一時的にとはいえ占拠され、全国会議員と閣僚の身柄が、魔法主義革命家団体に押えられるという、テロ事件のインパクトは、凄まじく大きい。
それ故、全てのテレビ局が足並みを揃え、蒼天の二つ星作戦関連の報道を、長時間続けているのだ。
グローバルスタジオジャパンにおける、魔法少女達と銀の星教団の魔法使い達の、集団戦闘の映像や、国会議事堂に向かって飛ぶ惣左衛門の映像。
そして、国会議事堂周辺を飛び回り、逃亡を続ける銀の星教団の魔法使い達を掃討する、惣左衛門の映像など、一般人が携帯電話などで撮影した映像や、マスメディアのカメラマンが撮影した、様々な映像が、テレビ画面を賑わしていた。
銀の星教団、最後の四天王である暴風のルドラが、纏魔を駆使した激しい戦いの末、惣左衛門に倒された場面も、グローバルスタジオジャパンを訪れていた観光客に撮影され、放送されていた。
過去に撮影された、ルドラに関する様々な映像と組み合わせて、編集された上で。
ルドラが倒された場面を写し出す、大画面テレビを眺めながら、少女は気楽な口調で呟く。
「四天王も全滅したし、そろそろ銀の星教団も終わりだねー」
「テレビを見に来たんじゃなくて、携帯用オーディオプレイヤーを見に来たんだろ」
本来の目的を忘れたかの様に、大画面テレビに見入っている少女を見て、少年は呆れ気味の口調で続ける。
「どれ買うか、決ったのかよ?」
少年に問われ、大画面テレビの方を向いていた少女は、本来の目的を思い出し、携帯用オーディオプレイヤーの棚の方を向く。
そして、少女は少年に問いかける。
「どっちがいいと思う? 性能と値段は、同じなんだけど……」
青と紫の携帯用オーディオプレイヤーを手に取り、少女は少年に見せる。
二つのプレイヤーの展示品は、万引き防止の為、チェーンで棚に繋がれている。
「凛宮の好きな方にしろよ、凛宮のなんだから」
「自分では選べないから、選んで欲しいんだってば」
そう言うと、少女……御法川凛宮は、口を尖らせる。
「だったら、紫。青は好きじゃ無い」
素っ気無く、少年は答える。
「前は嫌いじゃ無かったよね、青。何で嫌いになったの?」
「別に、理由なんか無いよ」
「――そういえば、惣左衛門叔父様が魔法少女になった頃からだよね、イチが青……嫌いになったの」
見本の携帯用オーディオプレイヤーを棚に戻しながら、凛宮は話を続ける。
「それって……魔法少女になった叔父様の、フォーマルスタイルのイメージカラーが、青だから?」
イチと呼ばれた少年……鬼宮惣左衛門の長男である鬼宮一刀斎は、答を返さずに目線をテレビへと移動させる。
答を口にせずとも、テレビに映し出された、フォーマルスタイルの惣左衛門を睨み付ける、苦々しげな一刀斎の表情から、答がイエスなのは明らかであった。
× × ×