015 駄目! 男の人は魔法少女になんか、なっちゃ駄目なの!
「ママ、このおねーさん、すごいね! そらをとんでるよ!」
テレビ画面に釘付けになっていた、ヒーロー物のTシャツに半ズボンという出で立ちの、元気そうな男の子は、驚きを隠さず、七メートル程離れた場所にいる母親に話しかけた。
国会議事堂が銀の星教団による襲撃を受けた日の夕方、関東地方の彩多摩県凪澤市にあるスーパーマーケット、ヤシマヨーカドーのAVソフト売り場での出来事である。
AVとは言っても、アダルトビデオではなくオーディオビジュアルの方なので、売っているのは音楽ソフトや映像ソフトなどが中心だ。
ソフトだけでなく、携帯用オーディオプレイヤーなどの、関連商品までもが売られている、
AVソフト売り場には、家電売り場が併設されていて、多数のテレビが並べられている。
母親が購入するCDを物色している間、男の子は家電売り場のテレビの前で、ニュースを放送しているテレビを見て、時間を潰しているのだ。
男の子が見ている大画面テレビには、空を舞う魔法少女……鬼宮惣左衛門の姿が、映し出されている。
「空を飛ぶお姉さん?」
男性アイドルグループのCDが並ぶ棚の前にいた、三十歳程に見える、カジュアルな服装に身を包んだ母親は、疑問の声を口にしつつ、CDが並ぶ棚からテレビに目線を移す。
そして、テレビに映し出されている、惣左衛門の姿を確認してから、自分の息子である男の子に説明する。
「この人は、お姉さんじゃないのよ。本当は、大人の男の人……おじさんなの」
男の子からすれば、お姉さんに見える少女が、大人の男の人……おじさんだと、母親に言われて、男の子は驚きの声を上げる。
「そうなの? じゃあ、このひとは……オカマのヘンタイなんだ!」
「ちょっと、そんなオカマとか変態とかいう言葉、誰に教わったのよ?」
小学校に通う年齢にも達していない自分の息子が、オカマや変態という言葉を使った事に、母親は驚きの色を隠せない。
「せんせいに、おそわったの! オトコなのに、オンナのかっこうをしてるひとは、オカマのヘンタイなんだって!」
「あの腐れ保育士、保育園児に何を教えてんのよ……」
男の子が通っている保育園の保育士に、母親は小声で毒づく。
「オンナなのにオトコのかっこうをしてるひとは、オナベっていうヘンタイなんだってことも、おしえてくれたよ!」
「――あのね、オカマとかオナベとか、変態なんて言葉、使っちゃ駄目よ!」
「なんで、つかっちゃだめなの?」
「性的マイノリティに対する差別に繋がる……とか言っても、分からないよね」
真面目そうな顔の額に皺を寄せつつ、この問題を子供相手に、どう説明するべきなのか、母親は悩む。
結局、どう説明すべきなのか分からなかった母親は、理由を説明するのを諦め、強い口調で言い放つ。
「駄目だから、駄目なんです!」
母親の強い語気に、男の子は気圧され、しゅんとしてしまう。
「じゃあ、このひとみたいに、オトコなのにオンナのかっこうしてるひとのことは、なんていえばいいの?」
男の子は、テレビ画面の中の惣左衛門を指差しながら、母親に尋ねる。
「――魔法少女って言うの」
「まほう……しょうじょ?」
魔法少女という言葉を聞いて、男の子の表情が、明るくなる。
「わかった! このひとは、まほうがつかえるから、そらをとべるんだ!」
「――そうよ」
「いいなぁ……。ぼくも、まほうしょうじょになって、そらをとびたいなぁ……」
空を飛べる事に魅力を感じた男の子は、素直な感想を漏らした。
しかし、自分の息子が、魔法少女になりたいと言い出すのは、母親にとっては、余り気分の良い事では無かった。
「駄目! 男の人は魔法少女になんか、なっちゃ駄目なの!」
「――なんで?」
強い口調で叱りつける母親に、男の子は問いかける。
「男の人が魔法少女になると、魔法少女になった人や、その家族の人は、色んな人に悪口とか酷い事とか、言われちゃうのよ」
「ボクがまはうしょうじょになったら……ボクだけじゃなくて、ママやパパまで、わるぐちをいわれるの?」
小声で訊ねる男の子に、母親は頷く。
「だから、魔法少女になりたいなんて事、もう言っちゃ駄目よ。男の人が魔法少女になるのは、凄く恥ずかしい事なんだから……」
真面目な顔で、母親は男の子に言い聞かせるが、男の子の目線は母親ではなく、別の方向を向いていた。
音楽ソフトが売られている場所の近くにある、携帯用オーディオプレイヤーが売られている場所にいる少年に、男の子の目線は移っていたのである。
その少年は一見、女の子にしか見えない外見をしていた。
半袖の白いワイシャツに、黒のスラックスという組み合わせの、凪澤中学校の男子生徒用の夏用制服を着ている為、凪澤市の住民であれば、少年であるのは分かるのだが、そうでなければ誰もが少女と勘違いするだろう、外見の持ち主だ。
少女の様な外見の、端正な顔立ちの少年は、少し不機嫌そうな様子で、近くにいる少女が、携帯用オーディオプレーヤーを物色する様子を眺めている。
少年の目線の先にいる少女は、シンプルなセーラー服タイプである、凪澤中学校の女子生徒用の夏用制服に、身を包んでいた。