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124 この空に比べれば、全ては小さな事なのかも……

 幸恵とシモネッタに一礼してから、近付いて来るヘリの音に掻き消されぬ様に、一刀斎は大声を上げる。


「それじゃ、後の事……宜しくお願いします!」


 ふわりと宙に舞い上がり始めた一刀斎に、幸恵とシモネッタは手を振り、「了解」の意思を伝える。

 そして、幸恵とシモネッタは、護送準備の為に、拘束されている者達の方へと歩いて行く。


 ちなみに、幸恵もシモネッタも、現時点での魔法戦闘能力は、一刀斎を遙かに上回っている。

 どちらもレベルAの魔力保有者であり、日本の魔法少女の中では、上位に入る実力者なのだ。


 上昇する一刀斎の目に、演習場上空に現れた、巨大な靴の様な形の、CH47JAの姿が映る。

 数十メートル程離れた状態で、五月蝿いローターやエンジンの音を耳にしながら、一刀斎は降下を始めたCH47JAと擦れ違う。


 擦れ違いざまに、CH47JAのコックピットにいる副パイロットが、敬礼をしたので、一刀斎は慌てて敬礼を返す。

 十秒程……降下して行くCH47JAを見下ろしつつ、ゆっくりと上昇を続けてから、一刀斎はポケットの中から、携帯用無線機を取り出す。


 高度二百メートル以上の高さまで、とりあえず上昇した一刀斎は、一度空中で停止。

 GPSと連動している地図を、携帯用無線機のモニターに表示し、凪澤市の方向を確認。


「よし、あっちの方角……西北西だ!」


 一刀斎は西北西の空に向かって、飛行を開始。


「さっきは多分、急いでたせいでスピード出し過ぎて、あちこち行き過ぎちゃった気がするな。今度は余り速く飛ばない様にしよう、三時間目までは、まだ結構余裕ある筈だし」


 飛行時のスピードメーターや高度計にもなる、携帯用無線機のモニターで、一刀斎はスピードを時速百キロ程度に調整してから、携帯用無線機をポケットに仕舞う。

 自分がどれくらいのスピードで飛んでいるか、まだ飛びなれていない一刀斎には、良く分からないのだ。


 ビルなどに衝突しない程度の高さを維持しながら、一刀斎は凪澤市に向かって飛んで行く。

 一刀斎の飛行魔法は、惣左衛門に似ていて、強力なアーマーアビリティを持つタイプ。


 そのせいで、ビルと衝突しようが、一刀斎自身はダメージなど受けないのだが、ビルの方は無事では済まない。

 当然、一刀斎はビルなどの建築物に衝突しない様に、気を付けて飛ばなければならないのだ(無論、飛行機にも衝突しない様に、気を付ける)。


 ちなみに、一刀斎も惣左衛門と同様、飛行魔法との相性は良いらしく、惣左衛門の飛行魔法の性質を、ほぼ受け継いでいる。

 ただし、現段階では余りにも経験値が低いので、惣左衛門程のスピードは、「まだ」一刀斎は出せないのだが。


 住宅街に並ぶ家々が、ミニチュアに見える程度の高度を、一刀斎は飛び続ける。

 一刀斎は大気の流れを、強い風の様に身に受けるが、アーマーアビリティの効果で、心地良い涼風の様に感じるだけだ。


 飛び始めて数分が過ぎると、景色を楽しむ程度の余裕が、一刀斎の中に生まれてくる。

 同時に、空を飛ぶ事自体に、楽しさを感じる様になり始める。


 まだ夏を強く感じさせる地上とは違い、空中の気温は程良い涼しさで、一歩先に秋が訪れたかの様だ。

 気温だけでなく、目に映る空も、一刀斎に秋の始まりを感じさせる。


 夏色が薄れ、秋色が混ざり始めた空は、青く澄み切っている。

 遠い空の向こうに浮かぶ、幾つかの薄い雲は、控えめに存在を主張している。


 この青く広い空を、独り占めにしているかの様な気分に、一刀斎はひたる。

 広大な空の空間は、飛べる者だけを許容するのではないかと、今の一刀斎には思えるのだ。


(気持ち良いな、飛ぶのは……)


 風に乗る鳶の如く、空を駆ける一刀斎は、身も心も風に洗われている様な、清々しさを覚える。

 飛び続けている内に何となく、より高い空を飛びたい気がし始めた一刀斎は、地上を見下ろしながら、次第に高度を上げ始める。


 目に映る地上の街並が、どんどん小さくなって行く。

 ミニチュア風に見えていた家々が、米粒程の大きさに見える様になった辺りで、一刀斎は上昇を止めて、再び水平飛行に入る。


 これまで自分が生きて来た、地上の世界に存在する物全てが矮小化され、一刀斎の視界に映る。

 一刀斎は顔を上げると、視界の中で小さくなってしまった地上の世界から、広大なままの青空に目線を移す。


(この空に比べれば、全ては小さな事なのかも……)


 いつもより近くに見える、広大な空を前にして、一刀斎は心の中で呟く。

 自分がこれまで、地上の世界で経験して来た全ての事は、広大な空に比べれば、とても小さな事でしかなかったのかもしれないと、一刀斎は思う。


 そんな一刀斎の頭の中に、これまでの人生で経験した、大きな出来事に関する想い出が、次々と甦って来る。

 無論、初恋の相手についての想い出も。


(――先生との事も、小さな事なのかな?)


 空と地上を見比べながら、一刀斎は自分に問いかけるが、無論……答は分からない。

 すぐに答が分かる程に、その想い出は一刀斎にとって、遠く過ぎ去った過去では無いのだ。


 空を眺めている間に、一刀斎の心が、初恋の相手である、魔女の事で満たされていく。

 魔女の事を想うと、一刀斎は切なさを覚え、胸が痛くなる。


(魔法少女を辞める頃には、この胸の痛みも消えるのだろうか?)


 凪澤中学校に向って、秋色に染まり始めた空を飛び続けながら、一刀斎は物思いに耽る。









                          (終わり)














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