121 親父みたいには、いかないか
私服のポケットに携帯用無線機を入れたまま、フォーマルスタイルに変身してしまうと、携帯用無線機を取り出せなくなる場合がある。
それ故、フォーマルスタイル時に使用する物と、私服や制服の時に利用する物という形で、魔法少女は携帯用無線機を常時二つ、支給されているのだ。
フォーマルスタイル時に携帯する携帯用無線機は、戦闘時に破壊される事も多い。
そんな場合、私服時用に携帯用無線機を別に持っておけば、連絡に困らないので、魔法少女には携帯用無線機が常時二つ、支給されているのである。
強力な魔法と電子機器は、相性が悪く、戦闘により破壊されずとも、魔法使いが携帯している携帯用無線機は、パウリ効果でも働いているのではないかと言われる程に、壊れ易い。
携帯用無線機は、魔法少女にとっては消耗品といえる程、頻繁に壊して新しいのと交換する物なのだ。
一刀斎は今回、フォーマルスタイル時に使用する方の携帯用無線機で、規格外犯罪対策局のICを呼び出す。
ICのオペレーターは一刀斎の呼び出しに、すぐに応えた。
「もしもし? 鬼宮一刀斎です! 習志野のテロの鎮圧、終わりました!」
一刀斎から、テロ鎮圧終了の報告を受けたオペレーターは、ゲベルガルがどうなったのかについて、一刀斎に問いかける。
「ゲベルガルですか? 奴なら倒しましたけど……気絶してますよ。肋骨が何本か折れてますし、意識が戻っても、まともには戦えないと思います」
初陣の一刀斎が、小規模な魔法主義革命家団体とはいえ、異名を持つ教主を倒した事に、驚きの声を上げた上で、オペレーターは魔法教典である「ゲドの書」を始末したかどうかを、一刀斎に訊ねる。
「あ! そうだ! 魔法教典破壊するの忘れてた!」
間の抜けた感じの声を、一刀斎は上げる。
教主を倒せた場合、魔法教典を破くなどして破壊し、本当の意味で魔法主義革命家団体を壊滅させなければならないと、昨夜受けた教習で教わっていたのを、オペレーターに魔法教典について訊ねられるまで、一刀斎は忘れていたのだ。
「ちょっと待ってて下さい! すぐ探し出して、破壊しておきます!」
そう言いながら、携帯用無線機をポケットに仕舞うと、一刀斎はゲベルガルの傍らにしゃがみ込む。
そして、ダークスーツのポケットや懐を調べ、魔法教典を探す。一刀斎は程無く、ジャケットのチェックポケットの中から、新書程の大きさがある、古臭い装丁の本を見付け出す。
赤褐色の表紙に、金文字で記された、「GED」というタイトルを、一刀斎は確認する。
「これがゲドの書か、英語の辞書みたいだな」
ゲドの書の見た目の感想を口にしてから、どうやってゲドの書を破壊するか、一刀斎は思案する。
魔法教典は、教主が携帯している時は、破壊が不可能なのだが、教主の身体から離れると、破壊が可能になる。
それでも、普通の本とは違い、異常に強度が高い本である為、破壊する事自体が難しいのだ。
怪力のプロレスラーが、両手で引き裂こうとしても、不可能な程に頑丈なのが、魔法教典なのである。
惣左衛門がケマの書などの魔法教典を、手刀で簡単に切り裂けたのは、惣左衛門の手刀の威力が、それだけ高いからこそなのだ。
「――親父と同じでいいか」
一刀斎は、惣左衛門がケマの書を破壊した時の光景を思い出し、ゲドの書の破壊方法を決める。
そして、一刀斎はゲドの書を宙に放り投げると、右手の手刀で斬り付ける。
だが、ゲドの書には、傷一つ付きはしない。
惣左衛門は簡単に切り裂き、破壊していたが、威力が大きく劣る一刀斎の手刀では、魔法教典は簡単には切り裂けないのだ。
「親父みたいには、いかないか」
気まずそうに愚痴を吐くと、一刀斎はゲドの書を拾い上げる。
そして、ゲドの書を開いて、表紙を右手で、裏表紙を左手で持つ。
一刀斎は呼吸を整えて気を練った上で、経絡を流れる気の流れを操り、膂力を徹底的に引き上げる。
人間離れした怪力を得た状態で、一刀斎はゲドの書を左右に全力で引っ張る。
ゲドの書は数秒間、一刀斎の怪力に耐えたのだが、結局は耐え切れなくなり、背表紙の部分が音を立てて破れ、真っ二つになる。
この段階で、ゲドの書は完全に破壊された。
ゲドの書が破壊されたので、ゲドの書に洗脳された全ての人々は、洗脳を解かれた上で、魔力の開放状態が終わり、魔法と魔力を失い、ただの人間に戻った。
「ゲドの使途、これで完全に殲滅終了……と」
一刀斎は満足気に呟きながら、ポケットに入れて持ち歩いている袋を取り出すと、その中にゲドの書の残骸を入れる。
この袋は、惣左衛門が蓬莱玄経の残骸を入れたのと同じ袋で、魔法教典の残骸だけでなく、魔法書や小型の魔法道具などを、安全に持ち運ぶ為の袋であり、魔法少女は全員携帯している。
袋に入れたゲドの書を、ポケットに仕舞うと、一刀斎はポケットから携帯用無線機を取り出し、規格外犯罪対策局のICのオペレーターとの会話を再開する。