120 やっぱり、幻惑よりも幻滅の方が、あんたには似合ってると思うよ
ゲベルガルの魔力は、レベルAの中では低い部類で、魔法自体のスキルは、上級魔法使いの中では低い部類といえる。
だが、このゲドの書が持つ分身の機能と、ムエタイの技量を生かした、魔法格闘戦能力の高さにより、「幻惑のゲベルガル」という異名が知られる様になった程度には、強力な魔法使いなのだ。
異名や二つ名が世に広まるのは、強者の証といえる。
率いる魔法主義革命家団体は、まだ小規模の新興勢力といえる段階なのだが、教主であるゲベルガルの方は、規格外犯罪対策局の方でも、警戒すべき魔法使いとして、注視されている。
「父親の後を継ぎ、魔法少女となったばかりだろうが、ゲドの使途を率いる教主が、どんな異名をとっているかくらいは、規格外犯罪対策局から、教えられているだろう?」
本人と幻影……合わせて三十二人のゲベルガルは、自慢げな口調で一刀斎に問いかける。
「――幻滅のゲベルガルだっけ?」
涼しい顔で、一刀斎は訊き返す。
「幻滅ではない! 幻惑だ! 幻惑のゲベルガルっ!」
語気を荒げながら、三十二人のゲベルガルが一斉に、一刀斎の言葉を訂正する。
自身の異名に、自信とプライドを持っているゲベルガルは、それを「幻滅」呼ばわりされて、苛立ってしまったのだ。
一刀斎は、「幻惑のゲベルガル」という異名を、ちゃんと知っていた上で、ゲベルガルを煽っただけなので、狙い通りと言える。
「君が幻滅呼ばわりした、我が幻惑の力の恐ろしさを、教えてあげよう!」
三十二人のゲベルガルは、声を揃えて言い放つと、頭部を腕でガードしつつ、ムエタイらしい軽やかなフットワークを駆使し、一刀斎との間合いを詰め始める。
全身に雷のセフィルを纏っているが、手足の部分が特に光が強い。
打撃とガードに利用する部位に、ゲベルガルは雷のセフィルを集めているのだ。
「ゲドの書による完璧な分身に惑わされず、本体を見抜く事など、誰にも出来はしない!」
ムエタイの構えで一刀斎に迫りながら、三十二人のゲベルガルが、声を揃えて言い放つ。
「確かに、見抜けないけど……」
適当に目を付けたゲベルガルに右腕を伸ばしつつ、一刀斎は平然とした口調で続ける。
「――見抜く必要もないな」
そして、左腕以外の雷のセフィルを、全て右腕の先端に集めると、開いた右の掌から、金色の稲妻をシャワーの様に放ちつつ、一刀斎は右足を軸にして、時計回りに一回転。
すると、雷のセフィルは一刀斎の周囲全てに放射され、三十二人のゲベルガル全員に襲い掛かる、全方位攻撃となる。
三十一人のゲベルガルは分身であり、稲妻の如き雷のセフィルに撃ち抜かれ、その全てが蜃気楼の様に消え失せてしまう。
だが、残りの一人は本物のゲベルガルであり、雷のセフィルを身に纏っているので、全方位に拡散する形で放った、一刀斎の雷撃を食らっただけでは、倒されはしない。
ゲベルガルは倒れはしなかったが、それなりのダメージを負い、苦痛を覚えてしまった(魔力はレベルAなので、レベルB以下の魔法使い程、呆気なく倒されはしないのだが)。
故に、一刀斎の背後から迫っていた、本物のゲベルガルは、呻き声を口から漏らしてしまう。
一刀斎自身も、倒す為というよりは、本物のゲベルガルを見つけ出す為に、雷撃を放っていた。
ゲベルガルの呻き声を聞き取れた時点で、一刀斎の雷撃は、役目を果たしていたのである。
「ま、後ろからだろうとは、思ってたけどさ」
既に回転を止めていた一刀斎は、後ろを振り返って、五メートル程離れた辺りにいた、ゲベルガルの姿を視認。
すぐさま隼打ちの初期動作に入ったかと思うと、一刀斎は一瞬で間合いを詰め、雷のセフィルを纏い輝く左肘で、ゲベルガルの鳩尾に肘鉄砲を叩き込む。
属性を持つセフィルには、打撃と組み合わせた攻撃に用いると、威力が著しく高まる性質がある。
故に、超高速の突進の威力を込めた肘鉄砲に、雷のセフィルの攻撃力を合わせた、雷撃隼打ちの威力は凄まじい。
一刀斎の肘鉄砲と共に、打ち込まれた雷のセフィルは、ゲベルガルが身に纏っていた雷のセフィルの殆どを、一方的に打ち消してしまうし、シドリ製のダークスーツの防御能力も、消し飛ばしてしまう。
身を守る術を失った状態で、鳩尾を肘鉄砲で打ち抜かれた上、金色の稲妻に包まれたゲベルガルの身体は、強烈な雷撃により、徹底的に痛めつけられる。
雷撃隼打ちの一撃により、ゲベルガルは呆気なく意識を失い、五メートル程身体を吹っ飛ばされる。
宙に舞ったゲベルガルの身体が、地面に落下して叩きつけられると、程無く雷のセフィルが効果を失う。
ピクリとも動かなくなったゲベルガルは、ダークスーツも身体も、ボロボロになっていた。
それ程に、一刀斎の雷撃隼打ちの威力は、強烈だったのだ。
雷撃隼打ちには、確かな手応えがあった為、ゲベルガルを仕留められたと、一刀斎は確信している。
だが、自分で思っていた以上に、雷撃隼打ちの威力が高かった様な気が、一刀斎にはしていた。
気絶させる程度のつもりだったのに、致命傷を与えてしまったのではという不安を、一刀斎は覚え始めてしまっていたのだ。
「殺さない程度に、威力は抑えた筈なんだけど……」
一応は警戒しつつ、ゲベルガルに歩み寄ると、一刀斎は手首に指を当てて、脈拍を確認、ゲベルガルが生きていた事に安堵する。
身体の各所の状態を確認するが、肋骨が数本折れているだけで、致命的なダメージを負ってはいないのが、一刀斎には確認出来た。
念の為、一刀斎はゲベルガルの目を覗き込んで、瞳孔の状態を確かめる。
瞳孔が縮んでいる事や、他の身体の様子から、ゲベルガルは致命傷を負ってはおらず、意識を失っているだけだと、一刀斎は判断する。
「――これで終わりか、どうって事無かったな」
ゲベルガルを見下ろしながら、しれっとした口調で、一刀斎は続ける。
「やっぱり、幻惑よりも幻滅の方が、あんたには似合ってると思うよ」
相手には聞こえる訳もない言葉を口にしつつ、一刀斎はポケットから携帯用無線機を取り出す。
ちなみに、凪澤中学校の校門前で使っていた物と、デザインや機能は同じだが、別の携帯用無線機である。