115 対魔法使い戦闘を専門とする、対魔作戦群の戦い方は、通常の軍隊とは、かなり異なる
千場県の船橋市と八千代市に跨り、林や草原が混ざり合った感じの、緑に覆われた広大なエリア……習志野演習場が広がっている。
野球場の数十倍の広さがある、陸上自衛隊と航空自衛隊が共有する演習場であり、普段は自営隊員達の訓練の場となっている。
だが、今日は訓練は行われていない、実戦が行われているのだ。
三十分程前に、魔法主義革命家団体……ゲドの使徒の魔法使い達による襲撃を受けた為、隣接する習志野駐屯地にいた、陸自の対魔作戦群が中心となり、迎撃が行われているのである。
対魔作戦群とは、陸自の特殊部隊である特殊作戦群と、陸自唯一の空挺部隊である第一空挺団を母体として編成された、対魔法使い戦闘の為の特殊部隊だ。
もっとも、戦闘とはいっても、自衛隊が保有する通常兵器は、魔法使い相手には通用しない為、戦って勝つ事を目的とした部隊ではない。
魔法使い達の行動を徹底して妨害し、教化という名の洗脳から民間人を守る為、民間人を逃がしつつ、魔法少女が駆け付けるまでの時間を稼ぐ事を、主な目的としている部隊である。
規格外犯罪対策局の協力を得た上で、対魔作戦群と陸上自衛隊研究本部が、共同で駐屯地に対魔戦闘研究所を開設、戦術や装備の研究、訓練を行っている。
規格外犯罪対策局より、手が空いている魔法少女達が派遣され、魔法主義革命家団体の魔法使い役を演じる形で、仮想敵部隊を編成。
仮想敵部隊の魔法少女達が使う、本物の魔法を相手にして、対魔作戦群は戦闘訓練を積んでいる。
だからこそ、魔法主義革命家団体を相手に、三十分も持ちこたえる事が出来ているのだ。
ゲドの使途側は三十名、対魔作戦群側は三百名と、人数においては十倍の差があるとはいえ、通常の部隊であれば、とっくの昔に倒され、教化……洗脳されていただろう。
もっとも、習志野駐屯地と演習場が、ゲドの使途に狙われたのは、対魔作戦群の本拠地であり、対魔戦闘研究所があるからこそでもあるのだが。
無論、ゲドの使途の狙いは、対魔作戦群と対魔戦闘研究所だけという訳でもなく、近隣地域を封鎖し、住民達を大量に教化……洗脳する事も、目的としている(現在は戦闘相手の対魔作戦群の自衛隊員達も、当然教化のターゲット)。
対魔法使い戦闘を専門とする、対魔作戦群の戦い方は、通常の軍隊とは、かなり異なる。
戦場となった演習場のフィールドを駆け回るのは、戦車や装甲車ではなく、デュアルパーパスのバイクと、バギーカーである(デュアルパーパスとは、公道も走れるオフロードバイク)。
魔法使い相手には、戦車や装甲車が保有する、重装甲や高火力は、余り有効とは言えないどころか、何の役にも立たない。
故に、高機動力こそが重要だという、割り切った考えから、オフロードバイクとバギーカーが、機動兵器として採用された。
バイクの方は戦場を駆け回り、ヒット&アウェイの攻撃による、敵の撹乱を担当。
バギーカーの方は、バイク程に敵に接近はせず、距離を取って逃げ回りながらの、中距離攻撃に専念する。
そして、対魔作戦群の主力兵器こそが、各種のグレネードランチャーである。
バイクを操縦する隊員は、携帯用のグレネードランチャーのアーウェン37を手にしているし、バギーカーの銃架には、96式40ミリ自動てき弾銃が装備されている。
無論、通常のグレネード(てき弾)など、魔法使い相手には無力なので、対魔作戦群が使用するグレネードは、通常の物とは異なる。
凄まじい悪臭を放つ、超強力な接着剤が充填されたカートリッジ弾……粘臭弾を使用するのだ。
通常兵器は一切、魔法使いを傷付ける事は出来ない。
魔法使い達が操るセフィルが、全ての武器を弾き返し、その威力を無力化してしまうので。
だが、セフィルで作り出した物質であれ、魔法使い自身であれ、普通の物質が付着して汚れる事は、以前から知られていた。
汚れるのであれば、接着剤などを付着させる事も可能であり、接着剤で地面などにくっ付けてしまえば、動きを鈍らせられるのではないかと、対魔戦闘研究所は考えたのだ。
そこで、対魔戦闘研究所は魔法少女を相手に、接着剤を充填したカートリッジ弾によるテストを行った。
結果、現象魔法による攻撃や、浄化系の能力魔法で、接着剤は簡単に除去されてしまう事が判明した。
ただし、除去にはある程度の時間がかかるし、魔力も消費してしまう。
時間を稼ぎつつ魔力を消耗させる手段として、ある程度は有効だと判断され、更なる改良が加えられ続けた。
改良の結果、開発されたのが、粘臭弾である。
魔法少女であれ魔法使いであれ、魔法を操る際、精神集中が乱れると、魔法の成功率や効果が落ちる性質がある。
魔法使いの精神集中を乱す程の悪臭を、接着剤に付加すれば、魔法使いの精神集中を悪臭で阻害し、接着剤を除去する為の魔法の、成功率や効果を落とせる。
そうなれば、より長い時間を稼ぎ、多くの魔力を消耗させられるのではないかと、対魔戦闘研究所は考えた訳だ。
一種の化学兵器と言えなくもないのだが、人体を害する程の化学物質を使う化学兵器だと、対策可能な魔法が存在する為、魔法使いや魔法少女には通用しない。
だが、人体を害する事は有り得ない安全な物質だが、ただ純粋に物凄く臭い物質を使用すれば、化学兵器を無効化出来る魔法では対処出来ない事が、魔法少女相手の実験で明らかになった。
その結果、高い機動力を生かして、戦場を常に高速移動し続けながら、凄まじい悪臭を放つ接着剤……粘臭剤が充填された粘臭弾による攻撃を仕掛け、魔法使い達の戦闘行動を阻害する……という、新たなる対魔作戦群の戦術が、対魔戦闘研究所により開発中であった。
既に魔法少女が演ずる仮想敵相手に、実践訓練を何度か行っていた、この開発中の戦術……ドリアン・アタックを、対魔作戦群はゲドの使途の魔法使い達を相手に、初めて実戦で試す流れとなったのである。