114 昨日、魔法少女になったばかりなのに、もう仕事させられるのか?
青い携帯用無線機を、一刀斎はポケットから取り出す。
「あれ? それスマートフォンって奴? 持ってる人……初めて見た」
一刀斎が取り出した携帯用無線機を目にして、凛宮は驚きの声を上げた。
「携帯の校内持ち込みは、禁止だぞ!」
美十理は、一刀斎を睨み付ける。
「あ、これは魔法少女用の奴で……」
規格外犯罪対策局に、連絡用の専用携帯無線機を持たされている事を、一刀斎は美十理に説明する。
一刀斎の魔法少女専用の携帯用無線機は、スマートフォンと呼ばれる最新式の携帯電話風のデザインと機能を併せ持つ、携帯電話でもある(作中は二千八年であり、日本でスマートフォンが広まり始めたばかりの頃)。
セフィロトの首輪を装着し、魔法少女となれるのは、レベルS以上の魔力所有者だけ。
つまり、一刀斎がレベルS以上の魔力所有者であるのは、既に明らかになっているのだ。
レベルA以上の魔力所有者、つまり魔法少女の適格者は、規格外犯罪対策特別措置法に基づき、規格外犯罪処理専任特種公務員……魔法少女として働く義務を、背負う事になる。
そして、義務教育期間中の小中学生の場合、魔力検査を受ける義務は免除されるのだが、魔法少女として働く義務の方は、免除されない。
義務教育期間中の中学一年生であっても、レベルAを超えるレベルS以上の魔力所有者である事が、一刀斎は判明してしまった。
故に一刀斎は、魔法少女として働く義務を、背負ってしまったのだ。
昨日、神山DZPMから帰還した一刀斎は、規格外犯罪対策局の本部に移送され、そこで正式に、規格外犯罪対策特別委員会から、規格外犯罪処理専任特種公務員に任命された(所属するのは規格外犯罪対策局だが、任命するのは規格外犯罪対策特別委員会)。
一刀斎は、既に法的にも正式な、魔法少女なのである。
規格外犯罪対策局の本部において、一刀斎は様々な検査と教習を受けた。
様々な検査により、魔法少女として活動しても、身体的に問題が無い事が確認された上で、魔法戦闘能力値の初期値を、計測されたりもした。
教習の方は、基本的な魔法の使い方や戦い方、守るべき法律や規格外犯罪対策局の規則など、魔法少女としての常識的な知識と技術を習得する為に、受けなければならないのだ。
実戦投入を可能な状態にする為の、最低限の教習課程は、三時間もあれば終わる程度に、コンパクトに効率良くまとめられている(無論、魔法戦闘に関する教習は、今後も継続される)。
昨日、一刀斎の帰宅が夜になったのは、規格外犯罪対策局において、検査と教習を受けたせいだったのである。
「――鬼宮一刀斎です!」
専用携帯無線機を操作し、一刀斎は通信相手との会話を始める。
一刀斎に連絡して来たのは、規格外犯罪対策局のICに所属する、女性オペレーターだった。
通信の内容は、テロ事件の鎮圧命令であった。
千場県にある、自衛隊の習志野駐屯地や演習場で発生した、魔法主義革命家によるテロ事件の鎮圧命令を、一刀斎はICから受けたのである。
テロを引き起こしたのは、規模的には小さいのだが、幻惑のゲベルガルとして、最近名前が知られ始めた魔法使いを教主とする、ゲドの使途という魔法主義革命家団体。
ゲドの使徒の狙いは、自衛隊が習志野駐屯地で研究を進めていた、対魔法使い戦闘に使用される新兵器と、その開発に関する情報というのが、規格外犯罪対策局の推測であった(無論、自衛隊員や付近の住民の教化も、狙ってはいるのだろうが)。
ゲドの使途の狙いは駐屯地の方だが、現在は隣接する演習場において、自衛隊側に侵攻を止められていた。
だが、自衛隊側が倒されるのは時間の問題なので、自衛隊が規格外犯罪対策局に、魔法少女による救援を要請したという流れだ。
「昨日、魔法少女になったばかりなのに、もう仕事させられるのか?」
美十理の問いに、一刀斎は気が進まなそうに頷く。
「すぐに俺にも、出動命令が出るかもしれないから、何時でも戦える様に、覚悟しておいてくれって言ってたよ、規格外犯罪対策局の人が」
一刀斎は面倒臭げに、言葉を続ける。
「親父が魔法少女引退したせいで、日本中で魔法主義革命家連中のテロ活動が活性化する可能性が高いから、新人も動員しないと、魔法少女の数が足りないんだって……」
銀の星教団が追い込まれた影響により、既に昨日の段階で、日本における魔法主義革命家団体の動きは、異常に活性化していた。
そして、惣左衛門の魔法少女引退という大事件は、魔法主義革命家団体の動きを、更に活性化させるだろうと、規格外犯罪対策局は予測した。
惣左衛門という最強の魔法少女の引退は、日本における魔法少女と魔法主義革命家団体との、戦力比を変えてしまう程の大事件といえる。
魔法少女側最強の戦力である、惣左衛門の存在は、魔法主義活動家団体のテロ活動に対し、ある程度は抑止力としても働いていたのだ。
抑止力が失われたのだから、魔法主義革命家団体の動きが活性化するのは当たり前。
今朝から既に全国各地で、魔法主義革命家団体のテロ事件が頻発し、動員可能な全ての魔法少女達が、既にテロ鎮圧の任に当たっている状況であった。
そして、他に動員可能な魔法少女がいない状況で、習志野において、自衛隊相手のテロ事件が発生。
そこで、魔法少女になったばかりの一刀斎にまで、出動命令が下ったのである。
「三時間目の体育までに、戻れると良いんだけどな……」
一刀斎は愚痴りながら、セフィロトの首輪のスイッチを、オフからフォーマルスタイルに切り替える。
セフィロトの首輪が閃光を放った一瞬の内に、制服姿だっった一刀斎は、フォーマルスタイルであるブルーのワンピース姿となる。
服を着た状態から、フォーマルスタイルに変わった時、着ていた服は何処かに収納される。
そして、フォーマルスタイルをオフにした時は、着ていた服のままの姿に戻れるのだ。
ただし、収納されるのは着衣だけで、鞄などの手にしていた物までは、収納する事が出来ない。
それ故、テロ活動の鎮圧には持って行けない鞄を、一刀斎は凛宮に押し付ける。
「悪い、これ俺の机に持って行っといて!」
そして、能力魔法の発動コマンドを、一刀斎は宣言する。
「ノウビリティ! 我がセフィルよ、空を舞う為の、力となれ!」
飛行能力を指定した一刀斎の足元に、能力魔法陣が出現。
セフィルがチャージされたセフィロトの首輪から、セフィルが能力魔法陣に照射される。
能力魔法陣は縮小すると、金色の十字架となって、一刀斎の胸に吸着する。
一刀斎は、飛行能力を得たのだ。
「じゃあ、ちょっと行って来る!」
金色の十字を胸に輝かせた一刀斎は、鳥の様に宙に舞うと、携帯無線機のGPS機能を頼りに、目的地である習志野駐屯地と演習場がある千場県に向って、飛び去って行った。
呆然とした顔の凛宮と美十理、そして意識を回復し……起き上がり始めた、渋い表情の風太郎に、見送られながら。
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