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113 やっぱり、ブラなんか着けてくるんじゃ無かった

 人々に注視されつつ、十分程歩き続けた後、一刀斎と凛宮は、通学して来た生徒達で賑わう、凪澤中学校の校門前に辿り着く。


「ニュース見たぞ、鬼宮! 本当に魔法少女になったんだな!」


 突如、挑発的な口調で、一刀斎に声をかけてきたのは、校門前で一刀斎を待っていた、風太郎だ。


(――ま、いるだろうとは思ってたけど)


 風太郎を視認し、その言葉を耳にした一刀斎は、げんなりとした表情で嘆息する。


「変態女装親父が、ノーマルに戻ったと思ったら、今度はお前が、変態女装野郎になったって訳か!」


 風太郎が言い放った、煽り文句を耳にした一刀斎は、声を荒げて言い返す。


「女装なんかしてねえよ! ちゃんと男子生徒用の制服、着てるだろうが!」


「制服は男物でも、下着は女装してるじゃねえか! ブラが透けて見えてるぜ!」


 一刀斎は、風太郎が指差した辺り……自分の胸を見る。

 白いワイシャツの下に着けている、シンプルな黒いブラが、朝日に照らされ、はっきりと透けて見えてしまっている。


(やっぱり、ブラなんか着けてくるんじゃ無かった)


 ブラを着けて来た事を、一刀斎は激しく後悔する。

 今朝、制服に着替える時、一刀斎はブラを着けるのを嫌がったのだ。


 しかし、ブラを着けないと、胸の先端がシャツと擦れて痛いのだと、佐織と伊織……更には惣左衛門にまで、一刀斎は脅されてしまった。

 その結果、一刀斎は仕方なく、惣左衛門が使っていた、スポーツタイブのシンプルなブラを借りて、着けて来たのである。


 規格外犯罪対策局から、学校の制服や体操着は支給されたのだが、下着や私服に関しては、本人の好みなどがある為、支給されない。

 代わりに、下着や服を買う為の被服費補助手当が、月額一万五千円、報酬とは別に支給されるので、魔法少女自身が好きに買い揃える制度になっている。


 昨日は忙し過ぎて、一刀斎は下着を買いに行く暇が無かったので、まだ一刀斎は、自分用の女性用下着を、持っていないのだ。

 自分用の下着は、今日の夕方、凛宮に選んで貰い、買う予定になっている。


「下着まで女モノを着けるなんて、流石は変態女装親父の息子だぜ! 変態は遺伝するって、証明された訳……ぐぇっ!」


 突如、風太郎は呻き声を上げる。

 一瞬で風太郎との間合いを詰めた一刀斎に、右手で鬼落しをきめられ、頚動脈を圧迫されたからである。


「鬼落しっていう、ウチの流派の絞め技だ。かけ損なってるかもしれないから、腕や脚に力を入れて動かせば、外せるかもしれないぜ」


 風太郎は苦しそうに顔を歪めながら、腕と脚に力を入れて動かそうとする。

 だが、風太郎の腕と脚は、僅かにすら動かない。


 動く様子が無い、風太郎の腕と脚を見て、一刀斎は満足気に呟く。


「今回は、ちゃんと襟下桎穴きんかしつけつ襟下梏穴きんかこくけつを、突けていたみたいだな」


 一昨日、伊織に技をかけた時と違い、今回の一刀斎の鬼落しは、経穴を突き損なってはおらず、完全にきまっていたのだ。

 鬼落しの成功が確認出来たので、一刀斎は鬼落しを解除して、風太郎を解放する。


「今回は、鬼落しの実験台にするだけで許してやるが、今度、親父や俺の事を変態扱いしたら、魔法の実験台にしてやるからな! 覚悟しておけよ!」


 地面に崩れ落ちた風太郎に、一刀斎は厳しい口調で言い放つ。

 しかし、一刀斎の言葉は、風太郎には届かなかった。既に風太郎は、気を失っていたのだ。


「え? もう気絶?」


 気絶させる気など無かったのに、呆気なく風太郎が気絶してしまったのを見て、一刀斎は戸惑う。

 一刀斎は一応、風太郎の身体の各所に手を触れて、大事が無い事を確認する。


「鍛え方が足りないんだよ、お前は! 身体ばかり、でかくなりやがって!」


 活を入れて、強引に意識を回復させるべきか、すぐに意識は回復するだろうから、放っておくべきか、一刀斎は迷う。


「鬼宮……風太郎が悪い場合、ぶっとばす程度の事は許すが、気を失わない程度に、手加減しろって言っただろ!」


 突如、叱責の声が、辺りに響き渡る。

 声の主は、徒歩で通勤して来たら、校門前での騒ぎに気付いたので、慌てて駆け付けた美十理。


 一刀斎達の近くで立ち止まった美十理は、仰向けに倒れている風太郎と、風太郎を見下ろしつつ、迷っていた一刀斎を見比べて、呆れ顔で声をかけたのだ。


「いや、ちゃんと気絶とかしないように、手加減したんだけど! 軽く意識失ってるだけだから、すぐに気付く筈だし!」


「手加減していようが、実際に気絶しているんだから、明らかにやり過ぎだ!」


 言い訳を口にした一刀斎に対し、美十理は厳しい口調で、指導の言葉を続ける。

 

「親父さんから習った技は、今後……中学生以下の相手には使うんじゃない! お前の強さは、普通の中学生とは、根本的にレベルが違い過ぎるんだよ」


「はぁ……」


 気まずそうに返事をする、一刀斎の胸の辺りに、美十理の目線が移動する。


「それと……ブラの色が校則違反! 中一が黒いブラなんか、着けるんじやない!」


「これは、親父の借りてるんですよ! まだ俺用のブラ、買って貰って無いから!」


「言い訳無用! 風太郎を気絶させたのとセットの罰として、放課後……体育祭で使う資料の整理手伝え!」


「そんなー!」


 悲鳴に近い抗議の声を、一刀斎が上げた直後、猫の鳴き声の様な音が、一刀斎の制服のポケットから鳴り響く。

 一刀斎の携帯用無線機の、着信音である。




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