111 それに、いっちやん……凄く可愛い魔法少女になったから、むしろ今までよりも、男の子からは人気出るんじゃないかな
「――学校……行きたくねーなぁ」
玄関で靴を履きながら、制服姿の一刀斎は嘆息する。
惣左衛門と共に、銀の星教団の魔法使いだった者達を引き連れ、ムルティ・ムンディの残骸を使って、神山DZPMから生還した日の翌朝、学校に行く為に家を出る時間の事だ。
「登校拒否してる連中の気持ちが、ちょっとだけ分かったよ」
力無く呟く一刀斎の姿は、少女のままである。
一度でもマジックオーナメントを装着し、魔法少女となると、最低でも一年間は、元の姿には戻れない。
それ故、これからの一年間、一刀斎は少女の身体のまま、学校に通わなくてはならなくなってしまったのだ。
身体は少女と化しているが、一刀斎の制服は、男子生徒用の物である。
「この身体で学校に通うのは、正直……キツイわ」
一刀斎は俯き、自分の胸を見る。
ワイシャツの生地越しに、黒いスポーツタイブのブラジャーが、透けて見える。自分の身体が少女に変わっているのを再確認し、一刀斎は再び、嘆息する。
「朝っぱらから、何度も溜息なんか吐くんじゃない! 鬱陶しい!」
背後にいた、ジーンズにTシャツというラフな格好の惣左衛門が、一刀斎を叱りつける。
惣左衛門は佐織と共に、一刀斎を見送る為、玄関に来ていたのだ。
後ろを振り返り、一刀斎は言い返す。
「だって、こんな身体で学校行ったら、変態扱いされたり、からかわれたりするに、決まってるじゃん!」
「人の命を助ける為に、魔法少女になった……いっちゃんの事を、変態扱いしたり、からかったりする様な人は、相手にしないで放っておけばいいの」
エプロン姿の佐織は、気楽な口調で、一刀斎を励ます。
「放っておけば、そんな馬鹿な人の方が、嫌われるだけなんだから」
一刀斎は訝しげに、佐織に問いかける。
「――そうかな?」
「そうよ」
即答した佐織の言葉に、惣左衛門は頷く。
「それに、いっちやん……凄く可愛い魔法少女になったから、むしろ今までよりも、男の子からは人気出るんじゃないかな」
佐織は一刀斎の姿を確認しつつ、楽しげに付け加える。
「ツーテールも似合ってるし、人気が出るどころか、モテたりするかもよ」
「――いや、男にモテるのは、変態扱いされたり、からかわれたりする以上に、嫌なんだけど……」
苦笑いを浮かべる一刀斎に、惣左衛門は語りかける。
「その身体で学校に通えば、色々と下らない事を言ってくる奴もいるだろうから、嫌だという気持ちは良く分かる」
惣左衛門には一刀斎の気持ちが、本当に良く分かっていた。
魔法少女として戦い続けた惣左衛門は、誉めそやされもしたのだが、男性でありながら魔法少女となった者の宿命として、嘲笑の対象にもなっていた。
故に、息子である一刀斎が、これから経験するだろう苦難も、その苦難を予測し、一刀斎が嫌な気分になっているだろう事も、惣左衛門には普通の人以上に、察せられるのである。
それでも、惣左衛門は一刀斎に同情はすれど、甘やかしたりはしない。
「だが、学校に通って勉学に励むのは、一刀斎……お前にとっては、仕事の様なものなんだ。男だったら、やるべき仕事から逃げるな」
「分ってるよ、そんな事」
魔法少女としての先輩でもあり、日本中どころか、世界中から色々と言われながらも、命懸けで戦い続け、やるべき仕事を最後まで果たした、惣左衛門に言われたら、一刀斎としても、納得する他は無い。
「ま、とにかく……お前は人助けという、人として正しい事をして、その姿になったんだ」
頭を掻きながら、惣左衛門は言葉を続ける。
「――だから、他の誰かに何を言われようが、堂々としていろよ。お前は俺の、自慢の息子なんだからな」
そう言うと、少し照れた様に、惣左衛門は微笑んだ。
口が悪く、滅多に照れたりなどしない、惣左衛門にしては珍しい、照れながらの褒め言葉である。
珍しく、惣左衛門に誉められた一刀斎も、恥ずかしげに頬を染めつつ、素直に領いた。
気合を入れる様に、両掌で頬を軽く叩くと、一刀斎は鞄を手にして立ち上がる。
「じゃ、行ってくる!」
幾分かは元気さを取り戻した声で、そう言い残すと、両親の見送りの言葉を背中で聞きながら、一刀斎はドアを開けて玄関の外に出る。
明るい朝の日差しが、目に眩しい。
「イチ、おはよう!」
玄関を出て道を歩き出した直後、一刀斎は後ろから、声をかけられた。
声をかけてきたのは、後ろから小走りで追いかけて来た、凛宮である。
「おはよう」
普段通りの素っ気無い返事をした一刀斎は、凛宮と共に歩き始める。
「伊織ちゃんが、『兄貴の奴、学校行きたくないってグズついてて、家出るの遅れそうだから、待たないで先に行かないと、遅刻しちゃうかもよ』って言ってたけど……」
凛宮は短く、言い添える。
「そんなに遅れなかったね」
少し前、一刀斎より先に家を出た伊織は、御法川家から鬼宮家に向かう途中の凛宮に、出会っていた。
一刀斎が学校に行きたがらず、玄関でグズグズしているのを知っていた伊織は、一刀斎が凛宮を待たせたら悪いと思い、声をかけたのである。
「伊織の奴、余計な事を……」
不愉快そうに言葉を吐き捨てる、一刀斎の横顔を見ながら、感嘆した風な口調で、凛宮は呟く。
「それにしても、ホントに惣左衛門叔父様と、瓜二つね」
「――その台詞、何回言う気だ?」
一刀斎は、呆れ顔で問いかける。
昨夜、惣左衛門と一刀斎が帰宅してから、鬼宮家を訪れた凛宮は、一刀斎の姿を見て、何度も同様の発言を繰り返したのである。
「だって、ホントに似てるんだもん」
「分ってるよ、そんな事」
二人は並んで、朝日に照らされた通学路を、歩き姑める。
昨日までは、凛宮の方が背が高かったのだが、魔法少女になった一刀斎は、凛宮より背が高い。
魔法少女となると、身体は十代中頃となる。
もうすぐ十三歳になる、十二歳の一刀斎の場合、十代中頃は三年程先なので、今よりも背が伸びるのだ。
故に、一刀斎の身長は、惣左衛門が魔法少女だった時と同様、百六十センチ程度になっている。
そのせいで、一刀斎は凛宮よりも、背が高くなり、昨日まで着ていた服は、身体に合わなくなってしまった。
昨日まで着ていた制服に至っては、セフィロトの首輪を嵌めた時に、消え去ってしまったままだ。
もっとも、身体に合う制服や体操着などは、規格外犯罪対策局の方から、昨夜の内に支給されているので、問題は無いのだが。